第9話 街へ入る準備

 モレイラたちが住む街「フェンブレン」は、彼らと出会ったところから馬車で一日の距離にある(とモレイラから聞いた)。モレイラは鍛治職人で定期的に街の周囲にある村を巡り、包丁などの調理器具やクワなどの農具の修理をして生計を立てていた。わざわざ村巡りなどしなくても街で店を開けば生活していけると思うのだが、困ってる村々のために活動しているのだろう。きっと。聞いてみたら彼は街に店を構えているそうだし、危険を冒してまで村を巡るとなれば稼ぎではなく善意からくるものだと想像したわけだ。

 危険とは命がけになるもので、道中に雷獣のようなモンスターがいて、魔法も魔道具もないのだから。彼の言葉によると滅多に雷獣襲撃のような事態にはならないと言うが……。よくぞ今まで無事であったと思う。

「冒険者の護衛をつけたりしないんですか?」

「次からはつけようと思います」

 たははと頭を掻くモレイラであった。俺たちの手前、朗らかに振舞っていてくれているが、雷獣の襲撃は相当な恐怖だったはずである。できることなら、今後は護衛をつけてくれることを願う。んー、護衛まで雇ったら完全に赤字になっちゃうか。なかなか難しい。

 

 翌朝になり、俺たちはモレイラ父子と共に彼らの住む街「フェンブレン」を目指している。

 二人は魔道車が動き出したことに腰を抜かしていたが、今では慣れたものだ。

 この分だと街に魔道車で入らない方がいいかもしれない。そうなれば、魔道車に一人残してこなきゃいけなくなるので悩ましい。

 現在、魔道車にはダリオとペネロペが乗っており、モレイラと俺、ハリーが御者代に座っていた。

 安全のために俺が御者台に乗ることになったのだけど、正直なところ馬車に乗ることができてワクワクしている。

 馬車って思ったより揺れるし、馬の力強さってすげえと思ったりと新鮮な驚きでいっぱいだ。

 魔道車と違って馬が引くから休憩を入れるタイミングが難しそうだなあ。

 頭の後ろに両手をやり、ふうと息を吐き出した時、脳内に声が響く。ペネロペからの遠話の魔法である。

『マスター、2キロ先の上空に小型の飛竜です』

『危険性は?』

『ほぼありません。万が一がないとは言い切れませんが』

『了解、ありがとう』

 飛竜が空を飛んでいるのかあ。飛竜は映像でしか見たことがないんだよな。元居た時代より更に百年以上前にはまだ飛竜が空を飛んでいた。

 その後、マナ密度の低下に伴い飛竜は飛べなくなり、極端に数を減らしたと聞く。細々と生き残った飛竜が再び空を飛ぶことになるなんて、ある種の感動を覚えるよ。自分が安全ならという但し書きはつくが。

 遠話を知らぬだろうモレイラが急に頷いたりしていた俺に対し、不思議そうな顔で首を傾ける。

「どうかなされましたか?」

「近くを飛竜が飛んでいるみたいです」

「飛竜がこの辺りまで……」

 モレイラが手綱を絞りながら、眉間に皺を寄せる。

「何か懸念が?」

「いえ、飛竜ならばこちらから手を出さない限り、危険はありません」

 質問に答えてくれてはいないのだが、飛竜は積極的に襲いかかってくるモンスターではないと分かったから良し。

 モンスターや猛獣全般に言えることだが、むやみやたらと襲いかかってくるのは極一部だ。多くの場合、縄張りに侵入したか空腹である。

 その証拠になるのか微妙なところだが、この後、特に危険が起こることもなく街が見える距離にまで進むことができた。


 *街から少し離れた丘の上にいる*

 モレイラ曰く、俺たちが立っている丘は滅多に人が来ることはないそうだ。

 街の様子が一望できる良い場所だと思うのだけど、採集できるものも殆どないから誰も近寄らないとかなのかなあ。

 見張り台をここに作るだけでも有効活用できそだし、使い勝手がよいと思うのだが、よくわからん。俺の時代のように国家間の戦争がないのだったら見張りにあまり意味はないか。だったら、展望台でもいいよな、なんて。

 魔道車に見張りを一人残し、街に繰り出すことを避けるべく、ここに来るまで魔道車の防犯をどうしようか、とか考えていたのだけど、全部吹き飛んでしまった。

「おおおお」

 だって、前世で俺が夢見たファンタジー世界の城壁と街並みが見えるんだもの。

 これこれ、これだよ。剣と魔法の世界ってのはこうじゃなきゃ。

 石壁の城壁が街をぐるりと囲み、四方に門がある。門にはおそらく門番がいて、夜になると扉を閉めて不審者が入らぬようするんだろ。きっと。

 街の中は大通りがあり、細い道が縦横無尽に走っている。家は石壁に漆喰か、木の板に漆喰なのが多い。屋根の色はバラバラだ。

 俺の時代の街は魔道車のための道路、魔列車のための線路があり、水路も魔工コンクリートで固められていて動力源が違うだけで、現代日本に近い風景だった。

 まあ、それはそれで便利な社会だから良かったんだが、剣と魔法の世界そのものであるフェンブレンはフェンブレンでよいものだ。

 きっと街中は剣を携えた冒険者が闊歩し、酒場にはリュートを奏でるエルフにエールを煽る鎧姿のドワーフなんかがいるんだろう。

「気持ち悪いです」

「ん? 何か言った?」

「いえ、独り言です。決してマスターの顔が気持ち悪くなっている、とは言ってません」

「言ってるよね、それ」

「言ってません。小屋ですが、小屋であるので鍵を閉めておけばいいだけでは?」

「魔道車だってば……いや、確かに」

 脚を取り外して、車内に放り込めば悔しいことに見た目ただの小屋になる。

 魔道車としてでなく小屋として考えれば防犯も楽だ。一部パーツを持っていけば脚を取り付けることもできないから、小屋ごと持ち去られることも考慮しなくていい。人気のない丘にぽつんと小屋が立っている、のは目立つかもしれないけど、魔道車と違ってこの時代にも普通にある見た目になるから本質を誤魔化すにも良いよな。

「鍵を閉めて、窓を開かなくすればいけそうか」

「加えて硬度を鉄に変化させ、見た目を今のままにすればよいのでは?」

「それでいこう。夜までに戻ってまた出かけるなら問題ない」

 硬化の魔道具はマナの消費量がなかなかで、魔石のマナが半日くらいしかもたないんだよな。

 魔石はマナが切れても充マナすることができるから、コストは気にしなくてもいい。これだけマナ密度が高かったら自然回復でもいけるかもしれないけどね。

 そこは試してみないと分からない。まあ、今晩には分かるさ。

 戸締りをして、硬化の魔道具をセットし、待っててくれたモレイラ親子と共にいよいよ街へ向かう俺たちであった。

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