第19話「集結」
日はすっかり落ちていた。
弁当屋の近くまで来ると、とびらが駆けて来た。弁当屋の者達は店番をしながら、交代でユアを探し続けてくれていた。
夕飯のラッシュも終わり、弁当屋は閉店したばかりだった。
ディンフルは、とびらに薬箱を用意するように命じた。
勝手口から入ると、ティミレッジ、オプダット、フィトラグスの三人が来ており、食卓の席に着いていた。
「仲良く帰って来たか」
フィトラグスが皮肉交じりに言う。
続いてオプダットとティミレッジが「おかえり!」と、嬉しそうに出迎えてくれた。
キイが図書館に電話を入れた際にユアのことを話したそうで、それからずっと心配してくれていたのだ。
ユアは降ろしてもらうと皆に頭を下げ、心配を掛けてしまったことを謝った。
「ところで、何でディンフルにおんぶされてたんだ?」
オプダットが聞いたところで、とびらが薬箱を持ってやって来た。
「白魔導士、前と同じように診てやってくれ。手首をケガして、足を捻挫しているのだ」
ディンフルに頼まれるとティミレッジは薬箱を受け取り、急いでユアの手当てを始めた。
「ティミーらの言う通り、本当に丸くなったんだな。ここに置いてもらえるように、優しいフリをしているってことはないか?」
フィトラグスが嫌味たらしく言うが、ディンフルは「想像に任せよう」とだけ返した。
今日は色々あったので、皮肉の相手をするのも面倒だと思っていた。
ユアの手当てが終わったところで、夕食が出来上がった。
五人はここの食卓で、とびら達家族は食卓のすぐ隣の部屋で食べることになった。
「確認だが、ディンフルもここにいるのか?」
食べながらオプダットが尋ねた。
「他の場所では魔力が見つからなかった。やはり、ここしか感じられぬ」
「とびらちゃんが持ってる鍵ですよね? 相当強い力だから、あれを超えるものは見つからないと思いますよ」
ティミレッジも話に加わった。白魔導士として魔法に触れる機会が多い彼は、出会った瞬間からとびらが持つ鍵が怪しいと睨んでいた。
そして、ディンフルはオプダットが聞いた時の言い方が気になっていた。
「そして、“ディンフルも”ということは?」
「聞いてくれよ! 何と、フィットも本が見つかるまで居ることになったんだ!」
オプダットは声を弾ませた。
「他に方法が無いなら、本に頼るしかないと思ったんだ。言っておくが、あんたのことは許してないからな」
「承知の上」
敵視するフィトラグスに、ディンフルは冷静に返した。
彼らの故郷が異次元にあるままなので、現段階で許してもらえないのは想定済みだった。
「じゃあ、ユアちゃんは?」
ティミレッジが聞くと、突然話題に出されたユアは身震いがした。
今、フィトラグスに自分のことは聞いてもらいたくなかった。再び店に来た時の発言からして、嫌われているのは確実だったからだ。
「今は保留だ」
「えっ?」
ユアはフィトラグスを見ないようにしていたが、予想外の答えが出たので彼へ目線を向けた。
「ディンフルを好きなだけで、悪いことはしてないんだろう? ラスボスと同様に嫌っていたら大人げないし、王子としての振る舞いじゃないからな。……だから、昼間は申し訳なかった」
フィトラグスからも謝罪があった。
ディンフルに続いて、彼からも受け入れられたと感じたユアは胸の辺りがスッキリした。
「確かに、王子らしからぬ発言だった。見苦しかったぞ」
ディンフルが批判すると、フィトラグスは無言で睨みつけた。
悪い予感を察したオプダットとティミレッジが「まあまあ」と諫める。
そこへ、まりねがピーマンの肉詰めを乗せた大皿を持って来た。これは今朝、ユアがまりねから教わって作ったものだ。
昼食にも出していたがユアは食べず、ディンフルもフィトラグスもいなくなったので余ってしまい、夕食にも出すことにした。
ユア、ティミレッジ、オプダット、フィトラグスがそれぞれの皿へ運び、一つずつ口に入れる。
ユアは昼食を摂らなかった状態で長々と歩いていたので朝食以来の食事に感動し、美味しさが身に沁みた。
他の三人からも好評だったが、何故かディンフルだけは食べようとしなかった。
「ディンフルさん、冷めますよ?」
「わ、わかっている!」
ティミレッジから忠告をされると、何故か焦りながら返事をした。
しかし、その後も食べる気配が無かったので、しまいにまりねから指摘された。
「ユアちゃんが一生懸命作ったんだけど。やっぱりユアちゃんが嫌いなの?」
まりねが問うと、ユアはディンフルをじっと見つめた。
「やっぱり、私のこと嫌いなんだ……」と言いたげな切ない表情を浮かべていた。
「そういうわけでは……!」
ディンフルは彼女の目を見て、必死に否定した。同時に汗もかき始めた。
なかなか食べようとしないので、今度はフィトラグスが意見した。
「本当に無礼だな。人間の食べ物が合わないとは言え、本人の前で拒否するとは」
「でもディンフルはこの一週間、ここの食事食べて来たし、調理中もお父さんの料理を味見したよ」
「もしかして、ピーマンが食べれないとか?」
隣の部屋からとびらが説明すると、オプダットがそれらしい疑問をぶつけて来た。
「バカ者!! そんなこと……あるわけないだろう!」
ディンフルは怒鳴ると、語気を弱めて否定した。
わずかに声が震えていた。
他の者は食べる手を止めて彼に注目した。
「そんなに怒らなくても……」
「ムキになるってことは事実か?」
怯えるティミレッジに、冷静に問うフィトラグス。
「誤解だ!! 人間はすぐ早とちりをする!」
先ほどからディンフルが焦りっぱなしだ。
最初にフィーヴェで一騎打ちをした時はフィトラグスが熱くなり、それをディンフルが冷めた目で見降ろしていた。
今は立場が入れ替わり、フィトラグスに余裕が見えていた。
「無理しなくていいよ。好き嫌いは誰にでもあるからさ」
「食べれば良いのだろう……!」
何となく察したユアが気遣うも、ディンフルはようやくピーマンの肉詰めを一つ取って口に入れた。
「……美味い……?」
表情を強張らせながら噛み始めるも、すぐにその緊張はほぐれ、口から安堵の台詞が出て来た。
同時ににじみ出ていた汗も引き、ディンフルの表情も先ほどより柔らかくなった。
それを見た他の者達は「食べれるじゃねぇか!」と喜びの声を上げた。
特にユアは、初めての手作り料理を推しに受け入れてもらえたので、喜びは半端なかった。
「よかった……ディンフルの口に合って!」
「た、たまたまだ! 今でも人間の食べ物は嫌いだ!」
「いつまで、そんなこと言ってるのよ!」
「美味い」と言った後でもまだ意地を張るディンフルに、まりねが指摘した。
彼を含め、ユア達が夕食を食べ終えた時、今度はとびらが皿を持って来た。
「デザートもあるよ~! 今夜のフィナーレはチョコレートでーす!」
皿には、型で整えられたチョコレートが人数分乗っていた。
ハート、星、花、丸、四角など様々な形があった。
ユアはハート、ティミレッジは四角、オプダットは丸、ディンフルは花など、四人が一つずつチョコレートを取って行く中、今度はフィトラグスが手を伸ばさなかった。
「フィット、食べないの?」
ティミレッジが尋ねると、彼は「いや……」とだけ返事をするだけで、食べ進む気が感じられなかった。
するとディンフルが、先ほどフィトラグスから言われたことを引用しながら言った。
「作った本人の前で食べぬと無礼ではなかったのか?」
「た、食べないとは言ってないだろ!」
今度はフィトラグスが慌てていた。
「私にはしつこく言って、自分は食べぬのか? こちらは苦手なピーマンを食べたというのに」
墓穴を掘った。相手に皮肉を言うつもりが、自分で弱点をばらしてしまった。
ディンフルはすぐに「しまった……」と思ったが、時すでに遅し。
「やっぱり苦手だったんだ、ピーマン?」
「ラスボスなのにピーマンが弱点かよ!」
「大人でも食べれない人はいるから、しょうがないよ」
「今度戦う時は、ピーマン持参だな」
ユアは先ほどからの様子で察していた。
オプダットは思わず笑い、ティミレッジはフォローを入れた。
そして、フィトラグスは相手の弱点を知れたので、クールに言いながらもどこか嬉しそうだった。
「自分の心配をしたらどうだ? チョコに手を付けぬということは、苦手意識が……」
「あるわけないだろう!!」
今度はフィトラグスが相手を遮り、声を張り上げた。
今ので全員は、彼はチョコが苦手なのだと感じ取った。
その時、キイが息を切らして部屋に入って来た。
「キイ君、どうしたの? みんな、食事中だよ」
とびらが迎えるが、彼はまっすぐユア達五人に向かって言った。
「取り急ぎだ! たった今、本が見つかった!」
全員、一斉にキイへ注目した。
ようやくユア達が待ち焦がれていた異世界へ行ける本が見つかった。
ディンフル達はフィーヴェに戻れるのか?
フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの故郷は異次元から戻るのか?
そして一人、架空ではない世界から来たユアの今後は?
五人の運命やいかに?!
(第二章へ続く)
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