消失交流(ロストチャージ) 〜ライズ・アリアドネ〜

無頼 チャイ

第一章 今咲く彼岸花 〜ア・モーメント・フラワー〜

導入

 ステージ上に現れた粗暴な輩を、歌って踊るアイドルがぼこぼこに返り討ちにしたら、きっとこんな感じなんじゃないか。


「ありがとう在吾あるご! いっつも助かるぜ」

「やめろ。変な誤解を生むだろ!」

「こいつら、前回行った廃病院の茂みで、酒と煙草をやってたやつらだな。動画消せって脅されたけど、いや~、学校まで来たか」


 廃病院から戻って、こいつがいなかった理由はそれか。

 高らかに笑う友人を見て、拳も頭もずきずきとする。いや、どきどきもする。だって――


「ねぇ、って不良いるの?」


「三体一で勝ったのかよ……」

「さっさと教室行こう……」

「うん。あ、横の人、動画で見たような……」


 グラウンドの横を、それはそれは物珍しく、まったく嬉しくない視線が投げかけてくる。一応正当防衛だが、道行く観客は気にしないだろう。このステージに立たされた者の心境なんて。

 時刻は登校時間。この高校に入学してまだ二週間の明智あけち 在吾あるごは、そこに絶望を感じずにはいられなかった。

 地元から上京し、高校生活と共に一人暮らしが始まった彼は、あらゆる期待を胸いっぱいに入学を果たした。部活に恋に青春に、それはもう楽しいことを想像して。だけど、地元から共に来た友人の、心霊スポットの検証が、まさか不良との殴り合いに発展するなんて。今は令和だぞ。なんでグラウンドで不良三人相手に殴り合いになるんだ。

 ヤンキー漫画か。

 いや。

 心霊検証の要素を抜いたらスゲーぽいな。


「なんか考えたらスゲー疲れた……」

「大丈夫か? 自主下校するか」

「それやったら余計印象悪くなるだろ。やんないって」

「そっか。ヤンキーの王道はだめか」


 お前もか。ってか変な路線に進んめな。


 倒れた不良の周りをのんきにスマホをかざして歩いている。録画してるのは間違いないとして、見せる相手は教師かリスナーか。

 カメラを回す斎藤は、特にこれといった見た目の特徴はない男子高校生。

 明智と比べれば少し小さい、ぐらいの特徴のなさである。外見に限ればだが。


「うーん。にしてもなんでこの学校ってバレた? 顔出しはしてるけど、制服姿で撮った覚えはないけどな。お! もしかして、これが廃病院の心霊現象ッスか!? おぉ~! 呪いは本当だった! 呪いの糸が繋いだハプニングなんスね!

 見せ場作ってくれてありがとう。廃病院。絶対人気にさせてやるからな、お前のこと」

「動画配信者って奴は……」


 怖くて無理だって調査やめたくせに、心霊スポットとロマンスしてるよ。

 明智は斎藤の行動に呆れつつ、この場に来た不良を見下ろした。

 学校がバレた理由に関しては不思議はあるけど、複雑とは思わない。昔から個性が強いせいで、外見よりトラブルで覚えられる方だった。

 大方、この不良三人の誰かがこの学校に知り合いがいて、そいつが斎藤のことを喋ったのだろう。配信者であることを隠してはいないし。心霊現象、というより不幸な境遇に遭ったのは、心霊スポットに踏み入った自分。

 そこまで考えた明智は、アハハと乾いた笑みを零した。

 桜の枯れ時が、青春の枯れ時じゃないのを祈るばかりだ。


「お、誰か来たよ。アル」


 言われて見てみると、学校の正面玄関からガタイの良い教師がやってくる。残念なのは眉間の皺が深く、怒ってるように見えることだろう。


「あれ、怒ってるな」

「怒ってるか」

「アル。ムショの飯は臭いのか、検証任せた」

「動画配信者って奴はよ!!」


 友達を刑務所に入れる気か。と明智は斎藤を睨んだ。

 刑務所はないだろうが、何かしら罰をもらいそうだ。いよいよクラスメイトから疎まれる可能性が上がってきた。


「お前達! 何をやっているんだ!」

「「すんません先生!!」」

「話しはしどうし――」


 指導室で、なんだ。

 頭を限界まで下げた二人の少年は、言葉の続きが気になり顔をあげた。

 あげてしまった。


「は……」

「おっ……」

「ば、ばけもの……!」


 急だった。

 突然だった。

 神出鬼没だった。


 赤い毛の生えた四つ足の化物が、少年二人と教師の間を立ち塞がるようにして出現。

 突然の事態に、最も近くにいる者たちは身動きすることを躊躇った。

 結果を言うのなら、それは良かったと言える。

 同時に、悪かったと言える。


 何が良くて、何が悪かったのか。それは、刺激しなければことも無く終わらせられると、少年二人は気付いて、そっと離れていたからだ。

 悪かったのは、それが登校時間であり、他の生徒達がその現象を見て、堪らず声を上げてしまったから。


「――ッ!」


 怪物は動き出した。生徒の悲鳴に呼応するように、突き出た口を天に向け吠える。裂けた口から肉食っぽいノコギリ状の歯が見えた。

 鼓膜に響く化物の遠吠え。

 これはリアルだ。

 叩きつけるかのように、思考が現実に結果を唱える。


「なぁ……アル。これってさ、心霊現象だと思うか」

「あるない半々」

「ハハッ。だよね。同じこと思ってた」


 テレビの撮影とも決めつけたいが、教師も少年らと似た反応をしている。あの教師もドッキリ対象なら、ドッキリ大成功、と司会者か何かが怪物の横に現れても良いのだが、そんな様子は訪れそうにない。


「逃げるぞ」

「逃げるってどこに」

「学校! ほら行くぞ!」


 友達の手を無理やり引っ張り、怪物を避けるようにして走り出した。

 それがきっかけで、近くにいた生徒も学校へと走り出す。

 運動会のイベントみたいな絵面ではあるが、楽しいなんて思うものはなく、泣いたり怒ったり、手持ちのバックやスマホやらを投げ捨て、文字通り死ぬ気で走っていた。


「ちょっと待て! 先生は!?」


 明智が立ち止まり、振り返る。

 紺色の群衆は正面玄関に立ち入るやいなや階段を駆け上る。

 それとは逆に、仁王立ちで、両の手をいっぱいに横に広げ、怪物の眼前で立ち止まっている教師の背中が見えた。


「何やってるんだあの教師!」

「守ってるんじゃない。僕らのこと」

「マジかよ」


 おそらく威嚇行為なのだろう教師の行動が怪物の注目を集めた。こちらを気にする素振りを時折見せるが、教師より先に行こうとはしない。


「センセーかっけぇ」

「無謀だろ」

「ウチらはその隙に上がるよ!」


 その勇姿に気付いた生徒も複数いるようで、話す程度には気もしっかりしだしたようだ。

 あとちょっと、あと少しこの状態が続けば、生徒全員の避難が完了する。

 先生頑張れ、とか、同級生や友達を応援する声も聞こえる。前向きな声援の中、明智は背筋を強張らせた。


 違う。運が良いんだ。運が良いだけだ。


 怪物の容姿は、熊のような巨体に狼の骨格が入ったような感じで、今になって気付いたが、足は大人二人を並べたくらいに長い。恐らく、駆け出せばここまで、秒もかからない。それに加えてあの突き出た口、丸呑みだって容易いだろう。

 なのに、動こうとはせず、ただじっと教師や生徒を見比べるだけ、いくらでも襲えたはずなのに。

 あの怪物は、なんで襲ってこないんだ。


 なんで。

 なんで……。

 あ、そうか。

 

「キャアアアアアアァ!」


 絹を裂くような悲鳴。

 怪物の長いながい前足が、教師を、横に叩いた。


「観察してたんだ。自分にとって害なのか無害なのか知るために」


 吹かれたホコリの塊のように、コロコロと横に転び、壁に激突した。

 この光景に正気を保てなくなった生徒は一目散にさらに上へと逃げ出した。


「アル! 僕達も逃げるぞ」

「あ、ああ!」

「先生! 先生が!」


 どこからか声が飛ぶ。阿鼻叫喚の地獄のようなありさまだ。

 怪物は生徒たちを見つめていた。感情は分からない。しかしもう、気づいているのだろう。人間は自分より弱いと。

 だからか、それとも確信したいのか。

 怪物は、動かない教師の方へ足を伸ばした。


「ちくしょう!」

「おいッ! アルッ!」


 正面玄関から飛び出した明智。これから起こる悲劇を食い止めようと吠える。

 気づいた怪物は身体を明智に向けた。頭を低くし、凶悪な牙を覗かせる。地獄の底から響いて来るような唸り声は、それだけで恐怖を逆なでる。

 しかし明智は、それに臆することもなく、教師の前に躍り出た。


「どこから来たのか知らないけど、さっさと帰れよ! もうすぐ朝礼なんだ!」


 朝礼って、もっと他にあるだろ俺。と自身の語彙力のなさを呪った。

 しばらくお互いを観察し合う時間が続く。ことは、なかった。

 展開は事もなく、次のステップに移った。気絶している不良に気づいたのだ。気づいて飛びかかったのだ。怪物の鋭利な爪が伸びる。

 明智は、「待てッ!」と叫ぶ。


 仕方なかったと言えば、それは通るだろう。

 助けたかったといえば、それに共感して励ましてくれるだろう。

 無力を嘆けば、静かに慰めてくれるだろう。


 そんな考え方が過る自分が、今、一番むかつくんだ。


「待てって言ってるだろうがッ!」


 足が動き、憎い自分の幻想に伸ばした拳が、怪物の足を叩いた。


「うえっ、なんかべとっとする。でも止まったな。化け物」


 気持ち悪い感触と鉄っぽい臭い。怪物がこっちに目を遣った。


「走馬灯ってあるんだな。こんな瞬間なのに楽しかったこととか目に浮かぶ」


 あまりにもちっぽけな抵抗。少年は目じりに涙を浮かべた。


「今のが本気だと思ってたら間違いだからな。つ、次のは痛いぞ!」


 小学生みたいな発言しかでない。

 怪物が、明智を見下ろす。大きな口を開けて。


「ちくしょう……」


 今が大事な時なのに。部活に恋に青春に、もっと色々、この時に始まるはずだったのに。


 捕食者の大口が迫る。


 今、今この時だけ、何とかなってくれないか。過去の憂いも未来への想いも、こんな理不尽に殺されるのか。

 そんなの、


「譲ってたまるかよッ!」


 バシュッ。


 そんな音が、どこからか響いた。

 いや、分かった。それは怪物からだった。


「えっ、え?」


 縦に開いていた口が、横に広がっている。そのまま停止して噛みつこうとしない。


「――任務、完了」


 数歩下がると、怪物の背に何者かがいた。

 

 水飴のように艶やかな銀髪と整った顔立ち。左の前髪に彼岸花を模した髪飾り。ボロボロな黒の装束から見える白雪のような肌。朝だというのに、陶器のように淡く発光しているよう。

 精緻に細工した西洋人形みたいな少女。彼岸花を想起させる濃い赤の瞳が無感情に明智を見つめる。

 

「わすれて、今を」

 

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