僕の弔い、君に託す

渡田れん

プロローグ

 森が悲鳴をあげている。


 パチパチと爆ぜる音と轟轟と波打つ音が同時に聞こえる。

 樹は抵抗することもできずに炎の渦に飲み込まれていき、空を一面の灰色に染めた。メキメキメキという樹の最後の悲鳴が聞こえる。その状況の中で彼女の頭は無駄に冷静だった。

 彼女が生まれ育ったこの森を守るために、最初は必死になって水をかけたが、もうかける水もなく、あとはただ炎が全てを燃やし尽くすのを呆然と見ていることしかできなかった。

(あぁ、樫の婆さんが飲み込まれてしまった……)

 きっとこのままいけば、私も森と一緒に焼けるだろう。

 足元を見ると人間の赤子がおぎゃあと泣いていた。

 赤子がいつからこの森にいたかを彼女は知らないが、赤子がこの森に置いていかれるのは珍しくなかった。また、森が燃えることも珍しくない出来事で、この世にいる人間たちが森を燃やし、新たな大地を得て科学技術を推進している時代であった。

(願わくば、またこの森が再生しますように。また、何度だって生き返りますように、森の民たちよ……)

 炎はそんな彼女の願いを嘲笑うかのように、赤くて大きい悪魔のような口で、森の行く末を祈る彼女を、赤子ともども飲み込んだ。


   ◆


 むかしむかし……とは言っても、そんな昔じゃないちょっと前の話。

 あるところに見栄麗しい黒髪の少年と、これまた美しい白銀の髪の少女がいました。

 白銀の少女は国の巫女様で、精霊の力を借りながら占いや預言をして、この国を災厄から護っていました。

 しかし、白銀の少女は身体が弱く、いつも閉ざされた預言の間にいて、そこは限られた人間しか入れない場所でした。

 そんな白銀の少女のことが好きだった黒髪の少年は、必死に勉学を行い、魔術を覚え、剣の練習に打ち込んで、国で一番若くして神官になりました。

 神官になった少年は毎日のように彼女の部屋に行き、いつも外の楽しい話を少女に聞かせてくれました。

 ある日、少女は言いました。

 森の精霊が死んでくの、みんな人間に殺されて。

 そんなのもう見たくない、早く、ここから連れてって!と。

 少年は少女の手に恭しくキスをして、お任せくださいお姫様と言って、丘の上にある大きなハナミズキの樹の下で待ち合わせをしました。

 夜中に少年が家から出ると、剣の師匠に見つかってこっぴどく怒られましたが、少年は得意の魔法を使って、まるで幻のように逃げて行きました。

 その方法は簡単で、少年は魔法で透明になって。

 この愚か者!

 と、ピーピー喚く剣の師匠の横を堂々と通り抜けたのです。

 少年が満開のハナミズキの樹の下に行くと、美しい白銀の髪の少女がスポットライトのような満月に照らされており、まるでお姫様のようでした。

 そして、それはとてもとても美しい光景でした。

 ずっと待っていてもこないから心配したとお姫様が言ったので、黒髪の少年は王子様になったつもりで、彼女を安心させるために強く手を握りました。

――そこへ出てきた男たち。

 彼らは金の臭いを嗅ぎつけて、オオカミのように集団になりながらお姫様と王子様を囲みます。

 しかし王子様は得意の魔法でオオカミたちを斬り捨てます。魔法に翻弄されたオオカミたちは、一匹だけ残し、全員血の海に沈んでいきました。

 血の穢れに当てられてお姫様が倒れた隙に、残った一匹のオオカミが、お姫様を抱えた王子様の背中を大きな剣で串刺しにして、お姫様ともども血の海に突き落とします。

 そして、オオカミが大きな声で笑ったので、その声を聞いた剣の師匠が駆けつけてくれました。

 剣の師匠が王子様とお姫様を結んでいる剣を引き抜いて、オオカミを退治しようとしました。

 剣が引き抜かれると、お姫様と王子様は力なく地面に落ちました。

 お姫様が最期の力を振り絞り、王子様の身体を不思議な力で包み込むと、あっという間に王子様の身体は元通りになりました。

 それに気づいたオオカミが、王子様を殺そうと駆け寄ってきましたが、大きな剣を手放した剣の師匠が盾となって、王子様を守ってくれました。

 王子様が悲しんでいると、王子様の身体が不思議な水色の光に包まれて、身体が踊るように最後に残ったオオカミを軽々と切り裂きます。


 そして全てが終わった頃。

 王子様の目の前に広がっているのは、大きな大きな血の海と無惨な死体の山だけで。


――そう、この物語はハッピーエンドにならなかったのです。

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