7.
「あんた……確か……」
絵梨佳がぶつかった人物を見て声を上げる。
「君、あの時の子だよね?俺に声を掛けてきた……」
ぶつかった人物は徳二だった。あの夜の街で絵梨佳が五万でどうかという声を掛けた人物だ。絵梨佳はどこかばつが悪そうな顔をする。
「……大丈夫か?何かあったのか?」
徳二が絵梨佳の顔を見てそう声を掛ける。
「……いや……その……なんていうか……」
絵梨佳がどう説明したらいいか分からなくて言葉を詰まらす。
「……見たところ、何も持っていないが荷物はどうしたんだ?」
徳二が絵梨佳の手に何も持っていないことからそう声を掛ける。
「えっと……その……」
どう答えていいか分からなくて絵梨佳が言葉に迷う。
その時だった……。
――――ぐぅぅぅ……。
絵梨佳のお腹の腹ペコ虫が盛大に音を出す。
「……腹、減っているのか?」
徳二がその音を聞いてそう声を掛ける。確かに朝から何も食べていなかった状態で全力疾走したらお腹も空くだろう。
「……まだ、何も食べていなくてさ……」
絵梨佳が正直に言う。その様子を見て徳二は「ふぅむ……」と、何処か考えるしぐさを見せる。
「……何か食いに行くか?」
「え?」
徳二の言葉に絵梨佳が驚きの声を出す。
「勿論、金は出してやるよ。だからといって関係は求めないから安心しろ。娘ほどの差のある女を抱く気はない」
徳二の言葉に絵梨佳が唖然とする。いつもならご飯を食べさせてもらうだけでも関係を求められるのに徳二は「それはしない」と言っている。
「な……なんで見ず知らずなのに……」
絵梨佳が呆然としたままそう言葉を綴る。
「なんだか、君は放っておけない感じがするだけだ」
徳二はそう言うと、「行くぞ」と言って歩きだす。絵梨佳はその後を付いて行った。
「……ここですか?」
シオンの案内で奏たちが部屋の前に行くと、紅蓮が呼び鈴を鳴らす。未だに呼び鈴が取り付けられているところを見るとかなり古いアパートなのだろう。
しばらく待つが誰かが出てくる気配はない。
――――ピンポーン……。
もう一度呼び鈴を鳴らす。
しかし、やはり中から応答はない。
「出掛けているのでしょうか?」
奏がそう言葉を発する。
「その部屋の子なら少し前に男が担いで出て行ったよ」
急に隣の部屋の初老の男が顔を出して、そう言葉を綴る。
「何かあったのですか?」
担いで出て行ったという言葉に奏が男に聞く。
「あぁ、なんか調子が悪そうだから病院に連れて行くって言ってな。確かに顔色も青白いような白いような顔をしていたし、病院に行ったみたいだよ。体がだらんとしていたからかなり重症じゃないのかな?」
男の言葉に奏たちが顔を合わせる。その状態なら普通は救急車を呼ぶはずだ。なのに、呼ばずに男が担いでいったことにどことなく疑問を感じる。
「大家さんは近くに住んでいますか?」
紅蓮が相手に警戒心を与えないように優しい話し方でそう言葉を綴る。
「私が大家だが?」
男が「何を言っているんだ?」という顔をしながらそう答える。
「良かったら部屋を見せてくれませんか?」
奏たちが自分たちの素性を明かし、大家である男にそうお願いした。
「ラーメン??」
徳二に連れられて中華屋に来た絵梨佳がラーメンを目の前にそう言葉を発する。
「そうだ。なんだ?もっと高級なものが食べれるとでも思っていたのか?」
徳二がラーメンを啜りながら呆れたように言葉を綴る。
「ご……ごめん……」
絵梨佳がなんとなく分が悪くなって慌てて謝る。確かに、ご飯を食べに連れて行ってくれるというから、もっと豪華な食事を期待していたのは確かだった。しかし、徳二は客とは違う。肉体関係を求めるのだとしたらこんな寂れた中華屋には連れてこないだろう。本当に親切心でやってくれているんだというのを肌で感じる。
「うまっ!!」
絵梨佳がラーメンを一口食べて声を上げる。
「そうだろ?ここの店は古いが未だに残っているのはこの味が親しまれているほどの美味さだからだ。豪華な食事が必ずしも美味しいとは限らないんだよ」
徳二がそう言いながら美味そうにラーメンを啜る。絵梨佳もラーメンの美味しさに箸が止まらなくてかき込むようにラーメンを啜る。
「おいおい、そんなに慌てて食べたら詰まらすぞ」
「だって……美味いんだもん……。お腹も空いてたし……」
絵梨佳がそう言いながらラーメンを何度も口に運び、音を立てながら啜る。
その時だった。
――――ポタ……ポタ……ポタ……。
絵梨佳の瞳から涙が溢れ出す。
「どうしたんだ?泣くほど美味かったか?」
徳二が涙を流した絵梨佳を見てそう声を掛ける。
「いや……なんて言うか……えっと……その……どういっていいか分かんないんだけど……温かいなって……。身体の関係なしでご飯を食べることなんてなかったからさ……」
絵梨佳の瞳から涙がぽたぽたと溢れ出す。
「……君、帰るところはあるのか?」
徳二の言葉に絵梨佳の表情が凍り付く。絵梨佳には家というものがない。客がひっかけられなかったら政明の部屋で過ごしていた。しかし、あの状況の後で政明の部屋に帰れるかと問われると帰れないというのが正直な気持ちだ。かといって、お金もない。野宿をするにしても時期的に夜になれば肌寒くなってくる。
「……とりあえず、今日のところは俺の部屋に来るか?」
「……えぇ?!」
徳二が絵梨佳の表情を見て察したのかそう提案をすると、絵梨佳が驚きの声を上げる。
「さっきも言ったように君を抱く気はない。どうやらその様子じゃ帰る場所がなさそうなんでな。だから来るかと言っているだけだ」
徳二が淡々とした口調でそう言葉を綴る。
「どうする?」
徳二が再度聞く。確かに帰る場所がない絵梨佳にとっては好都合な話だ。しかし……。
「……手荷物が全てないことから何かあったんだろ?かといって、ここで話せるような内容でもなさそうだな。俺で良かったら話を聞いてやるよ。ま、助けられるかどうかは分からないがな……」
徳二の言葉に絵梨佳は頭を悩ませた。
「ほれ、開いたぞ」
大家に部屋を開けてもらい、奏たちが部屋に上がり込む。部屋に入った瞬間、槙がある事に気付く。しかし、確証がないためその事を言わずに、手袋をはめて捜査していった。
「誰かと飲んでいたのでしょうか?」
奏がテーブルの上に散乱しているビール缶を見てそう呟く。
「これは……」
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