邪竜幼女 ~村娘に転生した最強ドラゴンは傍若無人に無双する~

ふれんだ(富士伸太)

竜の時代の黄昏 1


◆竜の時代の黄昏



 竜は災厄であり、恵みであった。


 いや、本当に竜だったか定かではない。誰かが「あれは竜である」と囁いたから竜になったのかもしれない。


 だが気まぐれに放たれる咆吼は虎でもなく、狼でもなく、紛れもなく竜としか言えない鳴動であった。雷鳴よりも重く鋭く天を揺るがし、雲はひび割れ、豪雨と暴風となって大地に叩き付けられた。


 身を絞りつくされた雲が消え去ると、一か月の間、太陽の光が燦々と降り注いだ。


 雨期と乾期の到来である。


 こうして古き命が死に絶え、新たなる命が芽吹いた。


 竜があくびをして眠りにつけば冷気の精霊と冬の精霊が活気づいた。重々しい瞼が開き眼光が放たれると、炎の精霊と光の精霊が舞い踊って世界に暑熱をもたらした。人々はこれを竜冬、そして竜夏と呼んだ。また眠りの前後のまどろみが竜春、竜秋と呼ばれ、竜の四季となった。


 世界は、竜が目覚めてまた再び眠るまでを年と定義した。大地に生きる小さく弱き者の一年は、竜の一日であった。これが竜の時代である。


 しかしながら竜は必ずしも規則正しい生活を送るわけではない。五百日を超える年もあれば、二百日足らずの年もあった。秩序の乏しい暦は、自然をあるがままに受け入れる朴訥とした幸福と、気が遠くなる程の停滞をもたらした。


 それに異を唱えたのが、異世界より来訪した人であった。暦は竜ではなく星に従うべきと訴え、竜暦ではなく星歴を作り始めた。


 そして「暦と天を乱す竜は邪竜である。太陽のごとき大きな力を気まぐれに放つ悪の権化、邪竜ソルフレアはこの世に不要である」と定めた。


 大地に住まう者どもは二派に別れた。


 竜の災厄に苦しみ、竜のなき世を求める者は人間に多く、彼らは異世界人と共に文明や国を作ることを選んだ。


 竜の恩恵があってこそ世界が成り立つと考えた者は魔物や獣に多く、彼らはあるがままの世界に棲み、生と死を受け入れることを選んだ。


 ここに人間と魔物の対立が生まれた。


 この現象にもっとも驚いたのは、竜自身であった。


 彼の者には名前はなく、「自分はソルフレアという名だったのか」という自覚と、更には「自分が眠ったり起きたりするごとに現れたり消えたりする小さな粒は、もしかして一つ一つが意思を持つ生き物なのでは」という悟りを得た。


 今までのソルフレアは大地、雲、山、月、精霊などとしか会話をしたことがなく、一人一人の人間が魂を持つなどとは思いもよらなかった。


 こうして星に変化が起きた。


 ソルフレアはのんべんだらりとした生活を改め、規則正しい生活を心がけた。なんとなく咆哮をするときや、くしゃみをするときは口を抑え、決まった月に眠り、決まった月に目覚めた。それでも眠気に抗えないときは精霊に語り掛け、「我ではなく星に従うように」と命じた。こうして一年は三六五日となり、田畑を耕す人間が栄えるようになった。


 また、神酒を飲むことも控え、余った神酒を盗み飲む者が減ってこれもまた人間が栄える要因となった。長命種が減り、親から子へ、子から孫へと命脈をつなぐ短命種が地上を席巻したからである。


 だがそのせいで魔物や獣が不利になってしまった。ソルフレアはまたも頭を悩ませ、今度は自分に語り掛ける魔物の声を聴くことにした。魔物の声は竜より遥かに小さく何を言っているかわからなかったが、一計を案じた。


 体を小さくした。


 それでもなおソルフレアは山のように大きかったが、塩一粒にしか見えなかったものが、小鳥の卵程度には見えるようになった。


 それは必ずしも弱体化とは言えなかった。より具体的な形を持ち、より能動的な活動ができるようになったソルフレアは、ソルフレアを信奉する魔物や、人々の集落から追い出された一部の人間たちに力を貸し与え、時には先頭に立って戦うこともあった。


 獣の時代の到来である。


 爪と牙を持つ者たちが決闘ですべてを決した、闘士たちの黄金時代だ。


 しかし爪と牙を持たざる者――つまり人間は、諦めなかった。


 田畑を耕す者たちが星々の動きによる暦を使い始めたことで、彼らは「星を詠むことで未来を予測できる」と気付いた。夏至、冬至、年の終わりと始まりが何日後に到来するのかを正確に予想した。


 そしてソルフレアが弱体化する日食の日さえも計算できる、と気付いた。


 人間たちは皆既日食の日に叡智と神秘のすべてを結集し、魔物たちとソルフレアに決戦を挑んだ。


 その結果は改めて語るまでもない。竜と魔物が謳歌した時代は遥か過去のものとなって、かろうじて暗黒領域の中に風土や文化として残るのみで、今はこうして人間の手で歴史が刻まれているのだから。


 ソルフレアの敗北を機に大いなる霊は地上から次々と去りゆき、人が世界を作る世となって、今や星歴一〇三五年。


 果たして本当にソルフレアは討たれたのであろうか。


 確かに我々は魔物たちとソルフレアに勝利した。だが彼の者は倒すとか倒されるとか、そういう次元にある存在だったのであろうか。


 ソルフレアが倒されたときの姿は、原初に比べあまりにも小さかった。だがそれは弱体化を意味したのだろうか。その体や命と共に本質までも葬り去られたのであろうか。大いなる循環、自然の摂理が、「死」程度でこの世から去るのであろうか。


 世界の地平の先、果ての果てまでいかねば、それを知ることは適わぬであろう。



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