抱擁を遠ざけるとき

久石あまね

第1話 毛を刈り取られる仔羊のように僕は…

 わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。

 主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。

 乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように

 この人は主の前に育った。

 見るべき面影はなく

 輝かしい風格も、好ましい容姿もない。

 彼は軽蔑され、人々に見捨てられ

 多くの痛みを負い、病を知っている。

 彼はわたしたちに顔を隠し

 わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。

 彼が担ったのはわたしたちの病

 彼が負ったのはわたしたちの痛みでもあったのに

 わたしたちは思っていた

 神の手にかかり、打たれたから

 彼は苦しんでいるのだ、と。


 (イザヤ書53.1-4)


 僕は高校のころ、やつらに仔羊のようにいじめられた。

 

 やつらは、僕の受けた傷によって癒された。


 やつらのいじめによって、やつらの周囲には平和が訪れた。


 やつらはそれで満足したように、学校を卒業していった。


 やつらの身代わりに僕が学校を辞めた。


 偉そうにしていた教師たちはだれも責任を取らず、さもいじめなどなかったかのように、僕を最初から存在していなかったかのように振舞った。

 そして、まるで知らない子の葬式にでも参加したかのような顔で校門を後にする僕を見送った。


 やつらは道を誤った羊の群れ。


 それぞれの方角に進んで行った。

 

 そして僕はいつの間にか、見えないものが見えたり、聴こえないはずのものが聴こえたりするようになった。


 僕は高校二年生の秋、精神科を受診した。

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