忌子王子に転生したけれど気ままに生きる

持是院少納言

プロローグ

 微睡みから目覚める様な感覚で、自分は意識を取り戻した。揺蕩う様な感覚につつまれ、意識は戻ったと言いつつも、ぼんやりとしてと明瞭に考えることが難しい。

 辺り一面は暗闇に閉ざされ、視界には黒以外の色を捉えることが出来なかった。暗闇に包まれながら揺蕩う自身に不安を抱いても良さそうではあるものの思考が不明瞭であるからか、特に感情を抱くことも無い。


 どれほど、時間が経ったのだろうか?意識が戻り、ぼんやりと過ごす時間は無限に感じられていた。しかし、その時間は唐突に終わりを告げる。

 自分以外の何者もいない暗闇の世界で、自分に語りかける声が聞こえたからだ。


『彷徨える魂よ……』


「彷徨える魂とは、私のことか……?」


 突然聞こえた声は、自分のことを彷徨える魂と呼ぶ。どういうことだ?


『そうだ……。其方は彷徨える魂……。其方は死を迎えし者……』


「私は死んだのか……?」


 謎の声は、自分が死んでおり、彷徨う魂であるこもを告げる。本来であれば戸惑うなり、否定の言葉を吐くなりするべきなのであろうが、何故か何の感情も湧かない。

 謎の声が告げたことを自然と受け入れてしまう自分がいる。


『其方は死を迎えたものの、その魂は輪廻から外れてしまった……。偶然外れたその魂は前の世界から、この世界への迷い込んで来たのだ……』


 謎の声が語るには、自分は前の世界で死に、輪廻から外れて、謎の声の世界へ迷い込んでしまったらしい。


『其方が望むなら、この世界に転生させてやることも出来るが……。其方は転生を望むか……?』


 謎の声は自身の世界に転生させてことが出来るらしい。それを望むのかどうかを問われたものの、自分の中で困惑の感情が生まれたことを漸く感じ取る。そのことに少しだけ驚きつつも、自分は謎の声へと問い掛ける。


「この世界へと転生させることが出来るとのことですが、貴方はこの世界の神か何かでしょうか?」


『如何にも、我はこの世界の神の一柱なり……』


「御名を伺っても、よろしいでしょうか?」


『今は知らぬ方が良かろう……。知りたければ転生してから調べるなり、何れ知る機会もあろうよ……』


 謎の声は、自身を神だと認めた上で、今は名を知らない方が良いと告げる。知りたければ、転生してから自分で調べる必要がある様だ。


「貴方の世界は、どの様な世界なのですか?転生するにしても、貴方の世界について知りたいのですが」


『其方の世界では異世界ファンタジーの様な世界と言えば通じるのであろうか。魔法やらモンスターなどが存在する世界だと言えば分かるだろうと、あの御方は仰っておられた。現に今まで転生させてきた魂でも通じた者がおったからな……』


 謎の神は、この世界が異世界ファンタジーの様な世界であり、魔法やモンスターが存在する世界だと言う。しかも、過去に転生させた魂に通じたそうだ。神の言葉から、あの御方と言う自分たちに分かる様な言葉を教えた存在と、過去に自分以外も転生させたと言う情報を得る。


「異世界ファンタジー風の世界だと、剣や魔法でモンスターと戦うイメージなのですが、危険な世界の言う認識で間違い無いですか?」


『如何にも……。武器や魔法を用いて戦う……争いの多い世界だ……。故に危険は多い……。其方は転生を望まぬのか……?』


 謎の神は、前の世界でイメージする異世界ファンタジーと同様、戦いの多い世界で危険だと返答してくれた。

 そんな世界に転生するか、しないか悩ましいところではある。


『其方が転生を望まなくとも、この世界に彷徨ってしまったからには、煉獄へと導かれ、何れはこの世界の輪廻へと取り込まれる……。それがこの世界の理だ……。転生するのも早いか遅いかの違いに過ぎぬ……』


 自分が悩んでいると、謎の神が衝撃的なことを告げた。この世界に流れた時点で、魂はこの世界に囚われ輪廻へ組み込まれてしまうらしい。


「私の魂は別の世界へと移ることは出来ないのですか?」


『出来ぬ……。そもそも、魂が輪廻から外れるなど稀なことであり、他の世界へと渡るなど更に稀なこと……。我らとて魂を別世界へと移すなと困難極まりない……。相応の代償を負ってまですることは殆ど無いわ……』


 自分は別の世界へと移動出来ないのかを謎の神に問うと、極めて困難なことであり、代償が大き過ぎでやることは無いと答える。


「貴方の力で転生するのと、輪廻に組み込まれてから転生するのとでは、どう違うのですか?」


『我の力で転生すれば、其方の知識や記憶は引き継がれ、なるべく前の世界の存在に近しい姿で生まれ変わろう……。されど、輪廻に組み込まれて生まれ変われば、其方の自我は無く、何に生まれ変わるかも分からぬ……。自我の無い畜生か、塵芥の如き存在に生まれ変わるかもしれぬ……』


 謎の神の力で転生すれば、知識や記憶を保持したまま、前世に近い種族に転生出来る様だ。輪廻に組み込まれてしまえば、自我を失い、何に転生するか分からない。

 どう考えても、謎の神の力で転生してもらった方が良いに決まっている。前世の知識や記憶を有してる方が有利だろう。

 そういえば、前世の記憶……記憶が無いことに今更ながら気付いてしまった……。


「神よ、自分は前世の記憶が無いことに今更気付いてしまったのですが、取り戻せますか?」


『魂は記憶を思い出したく無いことは間々ある……。特に死の間際を思い出したく無いなどな……。終の記憶を閉じてしまえば、過去の記憶を開けることも魂には難しい……。どれ、試してみよう……。』


 謎の神に記憶を取り戻せないか尋ねると、魂は前世の記憶を取り戻したく無い場合があるらしい。最後の記憶がイヤなものであれば、その前すら自力では思い出せないそうだ。

 謎の神は試してみると言うと、自分に異変が起こる。走馬灯の様な情景が高速で流れ続け、最後に女性の顔が近付いたことで、尋常では無い痛みに襲われた。


「痛い……、痛い……」


 魂だけのせいなのか、何故か叫ぶことが出来ない。本当に痛い訳では無いのだろうが、痛いと呟き続けるしか無い自分がいる。


『其方の魂は記憶を取り戻すことを望んでおらぬのやもしれぬな……。我の力で転生するならば、新たな人生を歩む内に前世の記憶を取り戻すことが出来るやもしれぬが……、期待しないことだ……』


 段々と魂の痛みが消えていく。そして、再び自分の記憶に蓋がされたのが分かる。何となく覚えているのは、ぼんやりも靄のかかった女性の顔だけだ。


『もうこれ以上、話すことはあるまい……。最後に問おう……、其方は我の力で転生を望むか……?』


 謎の神は自分と話すことが無くなったのか、決断を求める。

 もう、答えは決まってる様なものだ。


「はい、貴方様の力で転生したいです」


『ならば、よかろう……。其方の新たな人生が善きものであることを願う……』


 自分が転生を望むと、謎の神は最後に新たな人生を祝ぐと、魂の意識が消えていく……。

 こうして、自分は異世界へと転生したのであった。


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