◎ガレフ視点 いつもの日常と小さな客人①
フリージアと彼女のメイドが商業ギルドの個室を出た後、大商会の代表たちが月に一度集まる<商会連合会議>までにはまだ少し余裕があるため、俺は個室で座ったまま休憩している。
昔は相手が感情的になると、ぼんやりと、人の体から溢れる魔力の波動が見える程度だったが、会長のスパルタな教育の賜物でその能力は成長し、今では見るだけて、相手の感情を読み取ることができるようになった。
だから、あの子がどんなに強がった態度を取っていても、魔力の波動は彼女の本当の気持ちを暴露していた。
「まいたな。悪気はないのに、あんなに怯えられると、俺が何か悪さをしたような気がしてくるじゃないか」
(ご主人様の心の中は真っ暗な悪人顔だから、あのお嬢ちゃんが怖がっても仕方ないじゃねぇの?)
俺しかいない部屋で、慣れた声が俺の脳裏に響いた。それは風属性の魔力を利用した魔法の一種<念話>だ。
声の人はグリム、俺の護衛であり、狼の獣人族だ。彼は今、どこかに隠れて俺を守っている。
「バカ言うな!誰からどう見ても、この顔、女受けいいはずだ」
自慢じゃねぇが、俺は昔から女に不自由していない。親が残してくれた商会が破産しても、顔だけで家に招いてくれる女なんていくらでもいた。
やはり分からないな、商人の身分はいい提案だと思ったが、まさか断れたとは。
でも、警戒心があるのはいい事だ。
(でかさ~、ご主人様が会長様以外に、その
「おい、その言い方、間違ってんだろ」
何となく、グリムの奴が口にしたのは『
(じゃ、滑稽ってことか?)
「……もういい」
グリムと下らない言い合いをしている時、ノックの音がして、商業ギルドの職員が顔を出した。
「ガレフさん、こちらにいらしたのですね。会議の時間になりますので、会議室へどうぞ」
「分かった、ありがとう」
職員に頷いて、俺は立ち上がり、軽く身なりを整えて、ギルドから借りた契約書登録用の魔導具が入っているハンドバッグを職員に渡す。
「これは先程ロレッタさんに借りたものだ。彼女に渡してくれないか」
「はい、承知いたしました」
会議室へ向かう途中、俺は念話をグリムに飛ばした。
(とにかく、グリム、俺の護衛はいいから、あの子を様子を見てくれ。箱入り娘が初めて使いに出たんだ。一応幼馴染の子供だから、少し面倒をみてやろう)
(え?困るよ、ご主人様、仕事が増えたじゃねぇか。それにあのお嬢ちゃん、ちゃんと護衛が付いているでしょう?あのメイド服の猫族の奴だけ?お前らが話している時、チョクチョク俺の所へ目をやっているわ)
(屋敷の使用人から情報では、あの子が指定した専属メイドしか言っていないが…まぁ、奴隷契約した以上、彼女に害はないと思うが)
(俺としじゃ、いつも見飽きれた主人より、あの小動物みたいにチョコチョコ動いているお嬢ちゃんを見ている方が面白いけどな。でもさ、俺にはご主人様を守る大事な仕事があるからさ、どうしようかな~)
(わかったわかった、あの子が屋敷に戻ったら、それを俺に報告した後、今日残りの時間と明日一日は、好きにすれば良い)
(まあ~、ご主人様、大好き)
(ゲー、野郎に好きと呼ばれても嬉しくねぇわ、さっさと行け)
(はいはい~)
***
会議を終えて、俺はフィオラ商会へ戻った。特に重要な用事があったわけじゃないが、一応会長に今日の会議の大まかな内容を伝えておく必要がある。
フィオラ商会に戻り、俺は職員の挨拶に軽く返しながら、会長の職務室へ向かう。
10年前、たった三人で始めた小さなフィオラ商会も、今やスペンサーグ公爵領から王都イグニスに至るまで、名の知れた大商会へと成長した。
ふと、あの子がフィオラ商会を『名の知らない商会』だと言ったことを思い出し、思わず笑みがこぼれた。
無理もないな。公爵夫人が亡くなってから、俺たちと公爵家直系の繋がりも段々途絶えた。だが、新たな貴族の伝手を探すため、少し公爵家の情報を集めていたが、まさかあの幼馴染の娘があんな状態でいるとは、予想もしなかった。
良くも悪くもないが、明から様の虐待はないものも、人との付き合いから遮断された、孤独な日々を送っているようだ。
俺が会長の職務室のドアへ三回ノックをしてから、中に入った。
フィオラ商会の会長は集中すると、外の声が聞こえない傾向があるので、ドアの外でいつまで待ってもどうしょうもない。
「会長、ただいま戻りました。今日の連行会議の議題について、少しお話しをしたいですが、よろしいでしょうか?」
職務室には黒髪黒目の東方人らしい容貌の女性は疲れた顔て、机に伏せて、ひたすら企画を書いている。
彼女はサイカ、フィオラ商会の会長だ。新たな販路拡大の計画のため、二日も職務室に篭っている。
俺からすれば、今修正しているプランも、昨日廃棄したプランもどっちも悪くないと思うけどな。たとえ間違えたとしても、今のフィオラ商会にはそれを挽回する金も勢力もあったのだから。
「ガレフか、お帰り。午後の時<ラビット>が鳴っていたようだが、誰ですか?」
「エリナ様の娘、公爵令嬢のフリージア様です。彼女はエリナ様が残した店を正式に登録しに来たんです」
俺は机の上にあるベルを鳴らし、使用人にお茶とお菓子の準備を頼んだ。その間、机や地面に散らばった書類を一つ一つ目を通しながら、整理し始める。
<ラビット>とは、会長が言うには、四つ葉のクローバーを常に持ち歩いて、幸運を呼ぶ存在の名前らしい。
フィオラ商会は、商業ギルドと幾つか秘密裏に交わした契約が存在する。その一つが、もし商業ギルドでクローバーの印が付けている契約書が届いた場合、通話記録が一切残らない魔導具を使って、うちの商会に知らせ、そして後はこちらの職員から直接その者へ対応する仕組みになっている。
その内、四つ葉のクローバーは「特別なお客様」や「重要な取引先」を意味し、白兎の形をしている通信の魔導具を使用している。
フィオラ商会は元々闇商売から成り上がった商会であり、他人に知られたくない、正規の手続きでは締結できないような契約の依頼も受けてきた。
今では商会が発展し、主に正当な商業活動を行っているが、それでも時折、貴族たちは私財を増やすために、私たちと契約を結ぶことがある。
商業ギルドの者たちでは、そのような類の依頼は契約魔術によって禁じられているため、俺たちのような裏ルートを頼る人は少なくない。
今日商業ギルドから小さなお客様が四つ葉のクローバーの印がついた未完成な証明書を持って来たと知らせたを受けた時、俺はすぐにその子供が誰だかを理解し、他人に任せずに、自分で赴いた。
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