第28話 令嬢は魔女の弟子になった③
「何故その代価が私に支払われるのですか? まさか……アリスティア様も、私のお母様に何か借りがあるのでしょうか?」
私は躊躇いながらそう尋ねた。
私に何かを残してくれる人と言えば、お母さんしか思い当たらなったからだ。
しかし、アリスティアは気怠げに私を見つめながらも、即座に私の予想を否定した。
「バカを申すな、其方の母が誰かは知らんが、妾がそのような者に借りがあるわけなかろう。 なんでも出来る妾が、他人に借りを作るなど、あると思うか?」
その言葉には圧倒的な自信が滲み出ていて、彼女がそれを口にするだけの実力を持っていることは、私はよく知っている。
だが、それなら尚更、私に代価を支払う理由は何だろう?
自分の過去を振り返ってみるが、やはり何も思い当たらない。私は何か彼女に対して代価を支払えるような行いをしただろうか?
「無駄の想像はやめんかい」
彼女は一つ大きくあくびをし、眠そうな顔で気怠げに言葉を続ける。
「理由について、妾も知らん。だがな、其方が時空の流れから今の時空に戻ったのは、妾に関係しておるようじゃ。ゆえに、妾は其方を巻き込んでしまったその代価を支払わねばならぬのじゃ」
「え?それはつまり!」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
時空の流れから戻った? それは、つまり私があの悪夢のような時間から戻るきっかけを作ってくれたのは、アリスティアだということ?
もしそうだとすれば、彼女は私の恩人だ。そして、今、利を得た私は、むしろ代価を支払うべき側であるはずだ。
先ほどは怪しい人物としか思っていなかった相手が、実は私の恩人だと知り、私は慌てて体を正し、先ほどの無礼を詫びるように、態度を改める。
自分なりの誠意の示したくて、驚きと感謝の念を胸に抱きながら、彼女に向かって、貴族令嬢らしく慎ましやかな動きでスカートの裾を両手でつまみ、深々と頭を下げた。
「アリスティア様、私は、貴女様のおかけて、もう一度自分を見直すチャンスを得ることができました。本当に感謝しております。ですが、尚更、恩人である貴女から代価をいただくなんて、とてもできません」
私の言葉に対し、アリスティア様は面倒くさそうにため息をつき、軽く睨みつけてきた。
「くどいわね、小娘。妾は代価を支払うと言ったのじゃ。結果はどうあれ、其方を巻き込んだ妾に責任であり、魔女のルールに従い、妾は代価を支払う必要がある。だから、其方は宝くじに当たったような気分で、ありがたく願い事を考えればよいのじゃ。もし気が済まないなら、妾の睡眠時間に影響のない、短めな願いを述べるとよい。大抵の願い事は妾にとって朝飯前じゃ。だから、もだもだするでない、早く言え」
幼いアリスティア様の声は、先よりはいくらか柔らかくなった気がするが、その強引さは相変わらずだった。
どうやら彼女には、魔女としての事情から、私の願いを叶える必要があるらしい。
ありえないほどの幸運に、私は頭が真っ白で、実感が感じられず、それでも、もう眠たそうな彼女の表情を見れば、これ以上彼女の時間を奪うのは気が引ける。
まるで幼子が親に甘えておねだりするような、気まずい気持ちを抱えながら、私は自分の願いを考え始めた。
今、私が一方的に
けれども、いざ言葉にしようとすると、人に何かを強請る経験が少ない私は、すぐに言葉が出てくるわけでもなく、口をぱくぱくと動かすばかりだった。
最後の最後にようやく口に出した願い事は、今日城下町に来た目的の一つ――
「それなら、優秀な魔術の先生を探していただけないでしょうか?」
アリスティア様は一瞬だけ驚いたように目を見開き、その後すぐに子供らしい不満げな表情を浮かべた。
「何じゃ、妾の弟子になりたいのか。まどろっこしいな。そんなものなら初めから述べれば良いものを。無駄に時間を取られたわ」
彼女の言葉には呆れが滲んでいたが、同時にどこか満足げなニュアンスも混じっている。
「まあ、しかし……この偉大なる妾の弟子になりたいとは、なかなかの度胸じゃのう」
えっ、違う! 私はただ普通の魔法の先生を頼みたいだけで、魔女様が師匠なんで、恐れ多いすぎる!
焦って否定しようとするも、言葉が出るよりも早くアリスティア様は勝手に話を進めてしまった。
「シズ!今日からこの子はアンタの妹弟子じゃ。面倒を見てやれ。妾は寝る」
その言葉を残し、アリスティア様はふわりとソファに身を沈めて、早くもすやすやと眠りについた。
「え、ちょっ、ちょっと待ってください! 私は――」
動揺しながら、手遅れな否定の言葉を口にしようとする私を無視して、シズは無機質な声で次々と予定を立て始めた。
「では、これより君を私の妹弟子として扱うことになる。見ての通り、師匠は大魔術の使用による影響で省エネモードに入っており、現在は睡眠で体を回復中だ。従って、君の指導役はこれから私が引き受けることになる。まずは君の現在の実力を測る必要があるため、あちらの部屋でテストを行うので、ついてきなさい」
そう言うと、彼は羽を広げ、ポカンとする私をよそに、一つの部屋へと飛んでいった。
私は茫然のまま、まずは冷たい床に倒れているライラの体を絨毯の上に引きずり込んで、急足で姿が見えなくなったフクロウの姿を追いかける。
私が望んだのは普通の魔術の先生であって、まさか伝説の魔女の弟子になるとは――
こんな展開、誰が予想できたでしょうか?
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