第21話 令嬢は灯火祭に参加する②
ライラに見放された私は、人々の視線が集まる中で列から抜け出すことが恥ずかしくてできなかった。
しかし、さっきまでは緊張と興奮が混ざりあっていたため、自分が一人でいることに自覚がなかった。今は、身の置き所がなく、どこか落ち着かない気持ちになっていた。
取り敢えず、自分を守るように、体を守るマントを強く掴み、貴族令嬢としての教育を思い出しながら、姿勢を正して前を向いた。
「あらまあ、こんなにちっちゃいのに、渡守になりたいのかい、偉いわね」
私の番が回ると、担当のおばさんは背の小さな私を見て、優しい笑顔を浮かべながら、いくつかの燈花が入った袋を私に渡してくれた。
「お母さんはどこにいるの?地図に書かれた場所、わかるかい?」
おばさんの声は大きかったけれど、どこか温かみのこもった声色で、心配そうに尋ねてきた。
最近キッチンに行くのも禁止され、人目に隠れてこっそり魔法の勉強もしているので、ライラ以外の人と直接に接することがなかった。また人の親切に触れるのも久しぶりで、彼女の声掛けには、一瞬、体が硬直してしまった。
黙々と袋を受け取り、中を覗き込むと、花の間に挟まれた手書きの簡易地図が目に入った。地図には道の名前が書かれており、それを屋敷で見た地図と見比べると、行く道筋がちゃんと分かることに、少しだけ安堵した。
「おばさん、大丈夫だよ、お姉さんはあっちで待っています」
「なに?声が小さいわね、これじゃ聞こえないわよ」
おばさんは眉を顰めるて、耳を私の方向に向いた。
あっ!
私は仮面に隠れた顔が熱くなり、額に汗をかいたのを感じた。慌てて、謝りながら、もう一度、今度こそ、人の騒めきにかき消されないよう、おばさんの耳に当てて、声の音量を上げて答えた。
「そうなの、お姉さんが待っているの、なら安心したわ。でも後で必ずお姉さんと一緒に行動するんだよ、子供が一人でうろうろするのは危険だからね。」
もう完全に子供扱いになった事に、恥ずかしく感じながら、私はコクコクと頷く。
「特に今日は祭りなので、面を被った人が多いし、もし異国の商人に攫われたら、どんなことになるかわからないよ。飴に釣られて、ひょこひょこと知らない人について行かないようにね。それと…」
「もう、マリアおばちゃん、くどくどしすぎよ。この子、お姉ちゃんがちゃんとついてるでしょう? そんなに心配しなくて大丈夫よ」
さっき前列に並んだ協力者に手伝う時の注意を言い付けたと違い、おばさんは幼い姿の私に、子供が初めて外に出る際の注意事項を長々と語りかけていた。
見かねた隣の担当者のお姉さんはおばさんの話しを途中で阻止した。
ところが、お姉さんは私に向かって、優しくも真剣な眼差しで、注意を続けた。
「お嬢ちゃん、もし何かあったら、近くにいる人に助けを求めるんだよ。遠慮なんてしなくていいから、しっかり大きな声で『助けて!』って言うんだよ」
「そうそう、大声でね!さっきみたいに小さい声じゃ、誰にも聞こえないよ」
目の前で二人のやりとりを見ていると、私は思わず笑みがこぼれてしまった。心配してくれているのが伝わっているので、なんだか嬉しくなった。
「はい、分かりました。ありがとう、おばさん、お姉さん」
出来るだけ元気よく、大きな声で返事をした後、私はちょっと浮き立つ気持ちで、列から抜け出そうとした時、おばさんに呼び止められた。
「あら、待って。わたしたら、こんなちっちゃい子をみると、つい渡守の注意事項を伝え忘れちゃうたわね」
足を止めて振り返ると、おばさんはしゃがんて、袋を指差しながら説明を始める。
「いいかい、袋の地図に載っている家に燈花を届けるんだけどね。目印として門には花模様の折り紙が飾っているはずよ。それを確認して、燈花を渡したら、折り紙をもらってきなさいね。それから全部の家に届け終わったら、またここに戻ってきてね。手伝ってくれたお礼に、プレゼントを用意してるから」
私は説明を聞きながら、うんうんと頷いた。
「気を付けて行っておいで!お姉さんと一緒にね」
最後もおばさんの注意の声が響き、思わず笑いそうになり、今度こそ後ろの人の邪魔にならないように、そっと列の外に出た。
「人気者ですね、お嬢様」
人混みを抜けてライラがいるベンチへ向かうと、上からライラの声が聞こえ、首をあげると、彼女は二つのカップを手に持ちながら、私の前に立っていた。
「ライラ!」
「お嬢様はそろそろお疲れかと思って、体力回復のジュースを買ってきました、どうぞ」
ライラは私の口を塞ぐように、一つのカップを渡してくれた。
「……ありがとう」
確かに朝から今まで、間にほんの少し休憩時間を挟んでいたが、何時間歩き続けていたので、いくら理論上魔力の上昇で体力が増強されるとはいえ、さすがに疲れを感じていた。
私は素直にジュースを受け取り、大人しく飲んだ。
これ、ライラなりの謝罪の意味ではないかな?
なんだか、鞭に飴みたいだな。
別に一人にされたことを責めるつもりはないですよ。一人は不安ではあるが、ちゃんと隣で私を見守ってくれているのを分かっているから…契約魔術の強制効果で……
それに城下町に来て、ライラも私と同じように、祭りの雰囲気に当てられ、心が弾んでいるのも無理はないと思うし。
「ライラ、五つの燈花が入っているの、地図に書いた場所へ届けに行こう」
私はおばさんから渡された袋をライラに中身を見せて、中の簡易地図を取り出し、線路を再確認する。周囲をうろうろ見回しながら、ライラのマントの一角を掴んで、記憶と道標を頼りに、届け先へ向けて歩き出す。
「お嬢様、大変恐縮ですが、今度は許可なくお側を離れることは致しませんので、服を掴んむ手を離していただけないでしょうか?」
ライラが呆れたような声で言ったが、私は先程おばさんとお姉さんの親切な忠告に従い、無言でライラの文句を無視して、彼女を離さないことにした。
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