第15話 令嬢は仲間を得る④
目を開けると、そこは黒白の世界だった。背景には見慣れたスペンサーグ公爵邸の自室が広がっている。
――ああ、この感覚、知っている、ここは夢の世界。
「フリージアお嬢様、すべての準備が整いました」
突然、メイド長の落ち着いた声が背後から響いた。
私は立ち上がり、声が発した方向へ、メイド長と数人のメイドたちを見た。
メイド長は前回ライラを自分の専属メイドとして正式に任命する際に、彼女を呼び付けた時と違い、頬のあたりにうっすらと皺が刻まれ、あの時よりも幾分か年を重ねたように見えた。
ふと体が振り返り、目の前の部屋を見渡すと、そこにはもう私が生活した跡が、何も残されていない。すべてがきれいに片付けられ、この部屋の主人はもう二度と戻らないと告げたようだった。
「ありがとう、メイド長。おかげで安心して出発できるわ」
言葉は自然と私の口をついて出た。
――どうやらこの夢では、私の意思とは関係なく、過去の出来事が再現されているらしい。
私はメイド長と共に、慣れ親しんだ廊下を小さな歩幅でゆっくりと進み、別館を出ると、いつも私を隠してくれた庭に無言で別れを告げ、その後、外と繋がる本館を通り抜け、見慣れぬ公爵邸の正門に辿り着いた。
すれ違う使用人たちは、まるで最後の優しさを示すかのように、私に気づくと一斉に頭を下げ、一礼をしてくれた。
この屋敷で過ごした15年間が、静かに終わりを迎えようとしている。
目の前の画面がぼんやりと霞み、まるで時間がいつもより遅く流れているかのようにすら感じられた。
正門の前に立ち、用意された馬車が視線に入ると、胸の奥から切なさと悲しみが押し寄せてきた。それに加えて、これから始まる新しい生活への不安もキシキシと心を締め付けてくる。
――あっ、これは私が13歳のときのことだな、学園に通うために王都へ旅立つ日の記憶。
確か、その後……
馬車に乗り込み、一人静かに座りながら出発を待っていた私は窓の外をぼんやりと眺めていると、何分経っても馬車が動き出さないことに気づき、少し不安になり、外の様子を確認しようと考えたその時、ドアが軽くノックされる音が聞こえた。
すぐに御者の申し訳なさそうな声がドア越しに聞こえてくる。
「フリージアお嬢様、申し訳ございません、急に馬の体調が悪くなりまして…少々お待ちください」
困惑しつつも、私の荷物はすでにすべて運び出され、部屋は空っぽの状態のため、今さら部屋に戻るわけにもいかない。
仕方なく、了承の返事をして、馬車の中で待つことにした。
そんな時、窓の外にライラの姿が見え、彼女の手には一つ大きなバスケットを抱えていた。
彼女は乱暴に馬車のドアを開けると、バスケットから昼食らしいサンドイッチとミルクを取り出して私が座る席の隣にぽんと置いた。その後、少し躊躇って、バスケットから一つ汚れたバッグを取り出し、床に置く。
後にそのバッグを開けて知ったけれど、中には
「こんなジメジメした貴族令嬢、貴女様くらいだろうな。自分の家にいるってのに、公爵令嬢としての権力も使わず、いつも俯いてばかり。情けないったらありゃしないわ。見てるこっちがイライラするよ……王都に着いたら、いい加減、自分の立場と権力をちゃんと使いなさいよな。じゃないとさ、いつまでも誰かに見下されっぱなしの人生送るハメになるんだけよ」
ライラは嘲笑を浮かべながらそう言った。
そのの言葉はまるで刃物のように鋭く、胸に突き刺さった。
当時の私は何も言い返せず、顔が熱くなるのを感じて、ただ視線を床に落とすことしかできなかった。
「チッ」
彼女がひとつ舌打ちをすると、そのまま軽やかな動作で馬車から降りて、屋敷の中へと足早に戻っていった。
――ふふっ、そうなの、ライラはこんな性格なの。
***
ノートの中に挟まれていた紙を見つけて以来、私はそわそわと落ち着かない気持ちになっている。
その紙は、城下町の商店街に位置する三階建ての店舗の所有権を証明する書類、しかも所有者の欄には既に私の名前で登録されていた。
書類には商業ギルドの正式な許可印をきちんと押されているが、私が生まる前に準備されたものであるため、証明書はまだ完全ではなかった。正式な所有権を得るには、私本人が商業ギルドに赴き、登録を完了させる必要がある。
一つ、貴族令嬢らしからぬ考えが、すぐに頭に浮かんだ――お母さんが送ったこのプレゼントを取りに、私は城下町へ行きたい。
だが、お母様が残してくれた指輪の秘密も、ノートの存在、この店舗の所有権も、誰かに打ち明けるわけにはいかない。
特に、私の『用途』を決める権限を持つお父様とお兄様、そして今私を管理している叔父様には絶対に隠さなければならない。
指輪に付与された空間魔法の中には、お母様が私の成長のために用意してくれた書物や器具などいろんな物が収められている。それらは、私が自分の道を切り拓くための大切な武器である一方、同時に私の反抗心を唆すものであることも事実だ。
この店舗のこともそうだ。
もし彼らにこのことが知られたら、間違いなくそれらを取り上げようとするだろう。
私はお母様とのこの繋がりだけは、何があっても絶対に手放したくない。この秘密は秘密のまま、誰にも知られないように、誰にも話さない。
だから、叔父様たちに知られずに街へ出るためには、まず公爵邸の馬車や護衛の力を借りるわけにはいかない。
子供が一人で屋敷を抜け出し、治安が悪いかもしれない城下町へ出かけるのだ。慎重に準備を整え、万全の計画を立てる必要がある。
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