№2 モンスターな仲間たち

「おつかれ、タカムラ」


 リルハといっしょにフロントに立っていた鷹村の隣に、ちょこん、とした人影が現れる。


 小ぢんまりとした佇まいには不似合いなゴツイ作業服に身を包んでいるのは、短い銀髪のボーイッシュな美少女だった。それも、度肝を抜かれるような美人だ。


 これも種族的特性なのだろうか。尖った耳をひょこひょこさせるこの娘、エイシャはエルフという種族の少女だ。話によれば強大な魔力を宿しているらしいが、今のところそれが発揮される場面には遭遇していない。


「よう、チビッコ」


「チビッコって言うな!」


 このやり取りも毎度の挨拶のようなものだ。噛み付くように抗議したあと、エイシャは腰に山ほど差したレンチを片手に、


「魔道ボイラー、調整しといたよ。あと配管関係も」


 そう言うエイシャは、このラブホテルの設備管理を一手に引き受けている。こんなに小さなからだで、汚れにまみれながらラブホテルを裏から支えている縁の下の力持ち。


 異世界転移してラブホテルを開こうとしたとき、真っ先に設備の問題が持ち上がった。なにせここは剣と魔法のファンタジー世界、湯沸かし器も空調もなにもなかった。


 そんな無の状態から、このエイシャは様々な発明をしてこのラブホテルを現代様式にした。魔道ボイラーに魔道空調、電気設備も魔法のちからで再現してしまった。


 その発明には鷹村も舌を巻いた。まさか異世界で冷房の風に吹かれるとは思ってもみなかった。どうやらエイシャはそういった発明が得意らしく、鷹村の話をふむふむと聞いただけでそっくりそのままこのラブホテルを近代化してしまったのだ。


 ラブホテル設立には欠かせない人物だ。鷹村はその手腕を高く評価していた。


「おう、助かる」


 鷹村が低いところにある頭をぽんぽんと叩くと、エイシャの様子が目に見えて変わる。口を真一文字に引き結び、目をぐるぐるさせながら頬を真っ赤にしてしまった。


「どうした、いつものことだがお前さん……」


「べべべべべ別に!? なんでもないから!」


 明らかになんでもなくはない調子で鷹村の手から逃げると、ようやくひと息ついて、いつものクールなエイシャに戻る。


「ともかく、これでシャワーから水しか出ない問題は解決。他になにか問題は?」


「今のところ特にねえよ」


「じゃあ、私は一旦休憩入るよ」


「おう、ゆっくりしてきな」


 手を振って見送ると、エイシャはそのまま事務所に向かっていった。


「相変わらず、妙な反応だな」


「……タカムラさん……」


 なぜかリルハが呆れたようなため息をついている。そんなにとんちんかんなことを言っただろうか?


 その後もフロントで受付業務を手伝いながら、時間はもう夕方だ。そろそろ客室清掃員たちも夜勤に交代する。


 そうしている間に、ざわめきが裏階段から近づいてきた。それは耳をつんざくようなわめき声となって鷹村の前を通り過ぎていく。


 ラブホテルに欠かせない客室清掃員は、ほとんどが亜人だった。オークや低級妖精、ゴブリンやコボルト、小さめのゴーレムなど、一般的には『モンスター』として扱われている種族が、昼勤と夜勤の交代制で働いている。


 もちろん、言葉は通じない。さっきの騒ぎ声だって、ほとんど鳴き声にしか聞こえなかった。それでも当人たちには意味があるのだろう、いつもものすごく騒がしくしている。


 その喧騒も厄介だが、清掃のシフトを組むのもひと苦労だった。なにせ言葉が通じず、なんなら気性さえ違う異種族相手に、どの日が空いているのか、どの時間なら入れるか、それを聞くだけでも精一杯なのだ。


 しかし、客室清掃員を束ねている人物のおかげで、鷹村でもなんとかコミュニケーションを取ることができている。


「タカムラー!」


 その人物が、今まさに鷹村に抱きついてきた。相変わらず、物理的に湿っぽい。


 客室清掃員の制服に身を包んだその少女は、半透明の青い肌をしていた。長い髪さえゲル状の青だ。たぷん、とその豊満な胸が揺れる。


 どこかあどけない顔をしたこの少女、ルネはハーフスライムだ。人間の言葉は、カタコトながら通じる。そのおかげで、客室清掃員と鷹村の間に入って意思疎通の手助けをしてくれているのだ。


 ルネは押し黙っている鷹村に胸を寄せ、しゃべり倒した。


「ねえねえタカムラ! ワタシ明日も一日シフト入れるヨ! 明後日も、その次も、ずーーーーーっと! だからシフトたくさん入れて! ワタシ、タカムラといっしょにいたい! 仕事来ればタカムラと会える! たくさんいっしょにいようヨ!」


 さすがの鷹村も、ルネの直情的すぎる求愛行動には気づいていた。いつもこうしてシフトを入れてくれ入れてくれと再三再四ねだりに来るのだ。ルネにしてみれば、仕事=鷹村といっしょの時間、だった。


「うるせえな、どろどろ。そんなに毎日毎日シフト入れてたら、お前さんからだ壊すぞ」


 あっち行け、と手を振る鷹村の言葉に、ルネははっとした顔をして、


「タカムラがワタシのこと心配してくれてる……!? これはもう、実質プロポーズだよネ……!? もうひとりのからだじゃないんだからってことだよネ……!? そんな風に熱烈に求められたら、ワタシ、ワタシ……!」


 そうぶつくさとつぶやくや否や、しゅう、と湯気を上げてからだが沸騰し始めた。このままでは蒸発してしまいかねない。


「ルネさん、少し休憩してください! お水飲んで!」


「……うーん、ワカッタ……」


 リルハが急いでそう言うと、ルネはいまだに湯気を上げながらふらふらと事務所へと引っ込んでいくのだった。


「……タカムラさん、愛されてますね……」


 苦笑いするリルハに、鷹村は重いため息をついて見せる。


「……あいつの愛は重すぎるんだよ……」


 そう、ルネはいわゆるヤンデレだった。いつもああやって勝手に勘違いしては蒸発しかかっている。周りが止めなければ今ごろ何度干からびていることか。


 好意はうれしいが、受け入れるには重すぎる、そして危険な愛情だった。


 鷹村としては毎回どうやって応じればいいかが悩みどころなのだが、ルネが勝手に暴走して周りが止める、という構図が出来上がっているので、ありがたくそれに乗らせてもらっている。


「タカムラさん、やさしいから」


「やさしい? 俺が??」


 こんなヤクザものをつかまえてなにを言い出すのか。リルハはかまわずに続けた。


「『色恋沙汰に関してワケアリ』、っていうの、ここの就職条件でしたよね。私たち、みんな恋なんてできないのに、それでもタカムラさんは変な目で見たりしない。それどころか、下ごころなしにやさしくしてくれる。だから、私たちはうれしいんです」


「……そういうもんなのか?」


 たしかに、ここで働くに当たって、『色恋沙汰に関してワケアリ』という条件はつけた。


 ここはラブホテルだ。普通に恋愛できるものに仕事を任せると、客のイロに充てられてトラブルが起きるかもしれない。それを阻止するための条件だ。


 ワケアリ、の中身は聞いていない。リルハだってそうだ。なにかしらの問題を抱えている。詮索しようとは思わないが、惚れた相手だ、気にはなる。


 思考がそっちに流れていきそうになったとき、厨房から丸っこい人影が出てきた。


「ほら、あんたたち。注文入らないからアップルパイ焼いたよ。ちょっと小腹に入れな」


 そう言って香ばしいアップルパイの二切れを持ってきたのは、背が低くてふくよかなからだつきをした女性だった。鷹村と同じくらいの年齢か、栗毛を引っ詰めにしてコックコートを着ている。


 このラブホテルの食事提供サービスを取り仕切っているドワーフ、イルーチだ。もちろん料理のウデはピカイチで、姐さん肌の豪放磊落な性格もあってか、みんなに慕われている。


「わあ、ありがとうございます、イルーチさん!」


「おう、ありがとな。いただくぜ」


 アップルパイを受け取って口に運ぶと、ぱりぱりの生地と熱々リンゴのジューシーな果汁が口に広がった。


「……うん、うまい。さすがは姐さんだ」


 鷹村がほんの少しだけ頬をゆるめると、イルーチは至極うれしそうな顔をした。


「あんたのために焼いたんだよ」


「そりゃあありがてえ。ちょうど小腹が空いてたんだ。なあ、嬢ちゃん」


「はい! とっっっっってもおいしいです!」


 もぐもぐと熱心にアップルパイを頬張るリルハに水を向けると、目をきらめかせてそう返してきた。


「いつもみんなのこと気遣ってくれてありがとな」


「……『みんな』、ってわけじゃないんだけどねえ……」


 ぽつり、イルーチが苦笑いでこぼす。明らかに『このとうへんぼく』と言いたげな顔だ。


 どうかしたんだろうか?とアップルパイを食べながら視線で問いかけると、イルーチは呆れたような苦笑を浮かべるばかりだ。


 ……なんにせよ、このラブホテルになくてはならないメンバーはこれくらいだった。小規模経営ゆえに、少数精鋭で成り立っている。いずれも経営には欠かせない人物だった。


 そんな面々に囲まれながら、鷹村は今日もラブホテルの総支配人として働いているのだった。

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