異世界で始めるラブホ経営~プラトニックな恋愛しかできないヤクザだけどモンスター娘たちに囲まれてあなたのメイクラブお助けします~

エノウエハルカ

№1 異世界ラブホ、絶賛営業中

 鷹村慶次はヤクザである。


 反社会的勢力、暴力団、極道……呼び名はいくらでもあるが、社会の闇にはびこるヤクザ者であることに変わりはない。


 カネとイロと切った張ったで勝負をしてきた、昔ながらのヤクザ、それが鷹村という男だった。


 ……そんな極道者の鷹村は今、机の上の帳簿とにらめっこをしてうなっていた。


 黒い髪をオールバックにして、とっきんとっきんのサングラスをかけている。その向こう側には、サングラス以上にとっきんとっきんの鋭い目付きが潜んでいる。頬には深々と向こう傷がついており、ダークスーツに柄シャツというThe・ヤクザといったコーディネートを組んでいた。


 見るからにいかつい鷹村は、その相貌に似合いのしかつめらしい顔をして帳簿を見つめている。今にもその鋭い視線で帳簿が燃え落ちそうだ。


 腕組みをして睨みつけていても、帳簿の数字は変わってくれない。鷹村はため息をひとつつき、


「……伸び悩んでるな……」


 そんな言葉が出てくる。


 もちろん、シノギの話だ。


 鷹村はラブホテルを経営して、その日の食い扶持を稼いでいた。決してマトモな仕事ではないが、それくらいしか出来ることがないのだ。


 学もない、才能もない、そんなヤクザものにはぴったりの職場だった。


 なにも自分の境遇を呪ったことはない。なるべくしてなった、それだけのことだ。適材適所という言葉があるが、鷹村の『適所』はここだった。他にいくらでも道はあっただろうが、鷹村はこの場所を選んだのだ。


 後悔はない。が、後暗さは常に付きまとっていた。


 日陰者として生きることは覚悟していたはずなのに、お天道様の下を大手を振って歩けないことは鷹村のコンプレックスとなっていた。


 コンプレックスといえば、もうひとつ。


「……ああ、やめだやめだ」


 そっちに思考が持っていかれそうになったところで、鷹村はかぶりを振った。『それ』は今関係のないことだ。


 ともかく、伸び悩んでいる今、新規顧客を開拓せねばならない。ラブホテルの新規顧客といえば、各種勢力の海千山千がこぞって狙っていることだが、さいわいなことに『ここ』では競合ホテルは存在しない。


 なにせ、ラブホテルという概念自体がないのだから。


「お疲れ様です、タカムラさん」


 机の脇に、ことり、とマグカップが置かれる。鈴の転がるような声に、自然と背筋が伸びた。


 そこに立っていたのは、身長190cm程の少女だった。規格外の長身だが、問題はそれだけではない。


 少女の後ろには、長い尾が生えていた。赤い鱗に覆われたそれは、ときおりぱたぱたと揺れている。結い上げた金の髪からはにょっきりと立派な角が生えており、背中にはコウモリのような翼。ひと肌の所々も鱗があり、鋭い爪と牙、ついでに耳が尖っている。


 これは、コスプレではない。このラブホテルはコンセプトホテルではない。


 すべてが本物だった。


 この娘、リルハは正真正銘のハーフドラゴンだ。


 普段はラブホテルのフロントを任されており、鷹村と組んでカウンターに立つことが多い。種族的特性である大きなからだに、それ以上に輝かしい笑み。いつも人懐こい笑みを浮かべているリルハは、フロントにはうってつけだった。


 ……そして、他ならぬ鷹村の目下の想いびとである。


「……ありがとよ」


 ぶっきらぼうに礼を言うと、マグカップに入った紅茶を飲む。鷹村好みの茶葉は無糖ストレート、飲みやすいようにある程度温度は下がっている。


 そういう気遣いがなによりありがたかった。


「タカムラさん、また眉間にシワが寄ってますよ。みんなこわがります」


「おう……悪い」


 すぐに眉間からちからを抜いたが、またすぐに戻ってしまう。何度繰り返しても同じことだ。


 その様子を見て、リルハはくすくすと笑った。


「もうタカムラさんはそういう生き物なんだって思うことにします」


「……そうしてくれ」


 また戻った眉間のシワと共に、鷹村は軽くため息をついた。


 リルハは働き者だ。明るくて、みんなにやさしい。純粋で、一生懸命。清楚で気配り上手で、オマケに美人。こんなヤクザものにも臆せずやさしく接してくれて、笑いかけてくれる様子は、まるで後光が指す菩薩様のようだった。


 ……こんな娘、好きになるなと言う方が無理な話だ。


 鷹村は、フロント係のドラゴン娘、リルハに密かに惚れていた。恋ごころだなんてかわいらしいもの、まさかこの自分がいだくことになるとは思ってもみなかったが、好きなものは好きなのだ。


 リルハが動くたび、その一挙手一投足に目がいってしまう。その大きなからだも、笑顔も、やさしさも、すべてを独り占めしてしまいたかった。


 ……しかし、鷹村にはその想いを口にすることはできなかった。


 要するに、『出来ない』のだ。致すことが。


 不能、もっと言えば、鷹村はインポだった。


 こんなシノギをしているくせに、鷹村はプラトニックな恋愛しかできない硬派すぎる男だった。


 それには理由がある。


 今までのヤクザ稼業の中で、イロのいやなところばかり見てきたせいだ。商売女、カネのやりとり、人身売買、情婦とのイザコザ……数え上げればキリがない。


 元々が昔気質のヤクザなせいもあってか、鷹村はセックスという行為に関しては完全なる不能だった。もうひとつの『コンプレックス』の正体はこれだ。


 想いを告げて、万が一受け入れてもらえるとする。


 そうなると、その延長線上には必ずそういう行為が立ちはだかる。


 そうなったとき、はい勃ちません、では相手に恥をかかせることになる。なにせ女性としての魅力を全否定するようなおこないなのだ。リルハには、そんな思いをさせたくなかった。


 すべては鷹村の想いが受け入れられること前提の話だが、可能性がゼロではない以上、そこまで考えなくてはならなかった。


 普段はつっぱって吠えているヤクザものが、いや、ひとりのいい大人の男がこれでは、情けないもいいところである。


 そんな『コンプレックス』がバレると思うと気が気ではない。リルハを傷つけるかもしれないことと同じくらい、鷹村にとっては避けなければならないことだった。


 プラトニックな恋愛しかできないヤクザ。


 それが鷹村慶次という男だった。


 ゆえに、この想いは生涯胸に秘めていようとこころに決めていた。そういう宿命だとおのれを納得させて、想いにフタをした。


 そうすることしか、鷹村にはできないのだ。


 そんな秘密の想いびとが、お盆を抱えてにっこり笑う。まぶしい。サングラスをしていてよかった。


「そんなにデスクワークばっかりしてるから、顔色も悪くなるんですよ。大丈夫です、帳簿は逃げませんし、見ていない間に数字が変わったりもしません!」


「……変わってくれたらうれしいんだがな」


「まーたそんなこと言って! ほら、数字のことばっかり気にしてないで、デスクから離れましょう。みんな待ってますよ」


 そう、『みんな』。


 このラブホテルの従業員たちだ。


 どいつもこいつも変わっていて、いつも鷹村が手を焼いている『みんな』。


 ……いや、ここでは鷹村の方が『変わっている』のだ。


「さあ、行きましょう、タカムラさん!」


 無理やり腕を引かれて、少しどきっとしてしまう。それを隠すように、鷹村はオールバックのほつれを正した。


 ……そうだ、行かなくてはならない。


 ここは、自分の仕事場だ。


 それがたとえ、異世界であっても。


 鷹村はリルハに腕を引かれて、フロントへと向かった。




 剣と魔法のファンタジー世界、そんな場所に漂着した鷹村慶次は、今日もまたラブホテルの総支配人として、様々な無理難題と直面するのだった。

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2024年12月2日 18:20
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