原因と結果と、その理由
ひなの。
SCENE
SCENE1 河川敷
原因と結果と、その理由
何で冬って寒いんだろう。
いや、それは夏にも言える事か。
何で夏って暑いんだろう。
地軸だとか緯度だとか、そんな頭良さそうな話じゃなく。
そうじゃなくて、ただただ純粋な疑問。
私には、冬が寒い意味がわからない。
だから今、私はとても寒い。
でも、原因はわかってる。
こんなにも寒い冬なのに厚手のコートではなく、薄手のカーディガンしか着てないからだ。
そしてとにかく足が痛い。
特に小指の先っぽが痛い。
その原因だってわかってる。
慣れないヒールなんてはいてるからだ。
原因と結果。
すべての出来事には原因があり、それに伴った結果がある。
寒い冬に、薄手のカーディガンしか着てなければ寒くて当たり前だし、慣れないヒールで立ちっぱなしだと、足指が痛くなるのも当たり前。
だけど、そこには理由がある。
今日の為に選んだワンピに、このカーディガンが似合うからだ。
そしてそのワンピには、このヒールが似合うからだ。
だって、2か月ぶりのデートだった。
気合が入っちゃうのも仕方ない。
季節や気候よりも、ファッションを重視した結果がこうなっちゃっただけの話だ。
だから私は悪くない。
如いて言うなら、冬が寒いのが悪い。
ヒールが高いのが悪い。
それにしても、寒い。
そして、足が痛い。
舗装されてない砂利道の河川敷を歩いてるもんだから尚更だった。
雪の女王の吐く息が容赦なく身体を撫で回し、歩きにくい地球までもが私の行く手を阻む。
って。
あら、今の表現。
結構イケてない?
私ってもしかして文章書く才能あるんじゃない?
……なーんてバカな事考えてる余裕があるって事は、まだ大丈夫なのかもしれない。
きっと私は大丈夫なのに違いない。
だって今までも大丈夫だった。
これからだってきっと大丈夫。
次は厚手のコートを着て、もっと歩きやすい靴をはけば良いだけの話なんだから―――
「―――う?」
俯きがちだった顔をふと上げると、前を歩いてた彼が、無言で肩越しに振り返ってた。
軽く鼻を擦りながら。
何も言わないけど、その目が語ってる。
私を見るその目でわかる。
何モタモタ歩いてんだよ、って。
そんな高いヒールなんてはいて来るからだろ、って。
長い付き合いでわかってる。
鼻を擦るのはイライラしてる証拠。
これがもっとヒートアップすると前髪を搔き上げる。
更にエスカレートすると溜め息が出る。
最終的には舌打ちも加わる。
7年の付き合いの中で、さすがに舌打ちまでされた事は数えるほどしかない。
でもそれは、私が彼の扱い方を極めてるからだ。
何をどうすれば、彼の機嫌が直るのかを知ってるからだ。
伊達に7年も付き合ってるワケじゃない。
「ご、ごめん!新しいヒールだから足痛くなっちゃって……」
足早に近付いても、彼は一言も発しない。
あっそ、と言わんばかりの視線で私を一瞥すると、あっさり前に向き直って歩き始めてしまう。
「…………」
だから私の伸ばしかけた手は、宙に浮いたままだ。
手を貸してくれるかも、なんて期待する方が悪いんだから。
だからといって。
痛みをこらえ、並んで歩き始めたところで会話なんてない。
ゆっくり歩こうとする心遣いすらない。
だったらちょっとくらい遅れて歩いてもほっといてくれれば良いのに……
なーんてね。
ほっとかれたらほっとかれたで寂しいクセに。
それはそれで、悔しいクセに。
付き合い始めたばかりの頃は、さすがにもっと優しかった気がする。
もっともっと会話もあった気がする。
メールだって頻繁にやってたし、ケータイの通話料見て衝撃を受けた事だって何度もある。
それがいつしかガラケーからスマホに変わり、メールからラインに変わり……それに伴うかのように、連絡頻度は少なくなった。
今なんて週に1度、ラインを送りあえば良い方だ。
2人の間に流れる空気が重い。
まるで赤の他人のような――たまたま通りすがった通行人と並んで歩いてるかのような息苦しさすら感じる。
そして私は、その理由に気付いてる。
だってかれこれ……もう5度目だ。
いや、6度目かもしれない。
気付いてるけど私は……気付いてないフリをする。
気付かないフリさえしてれば、それで終わる話だから。
私が我慢すれば良いだけの話だから。
「ね、ねぇ寒いね!どっか入る?お腹も空いたし温かいものでも食べに行こうか!ちょっと早いけど夜ご飯にする?焼肉なんてどう?」
重苦しい空気に耐えかねた私は、それを打ち消すかのように出来るだけ明るく声を上げた。
彼の好物は焼肉だから。
「肉かー……別に良いけど。俺、金持ってないぜ?」
温かそうなコートを着た彼は、案の定その話にノって来る。
私はホッと安堵の息を吐いた。
良かった、成功した。
ちゃんと喋ってくれた。
気に入らないものを提案しようものなら、余計機嫌が悪くなって喋ってくれなくなっちゃうから。
その空気は今以上に苦痛なものだから。
「あ、大丈夫。お金なら私が持ってる。会うの久しぶりだし奢るよ!」
「俺、ビールも飲んで良い?」
「私も飲みたいって思ってた!飲もう飲もう」
今時、デートの時は男が奢るもんだ!なんて言うつもりはない。
割り勘で全然構わないし、むしろ私が奢るのも有り。
何しろ彼は今、無職。
いや、仕事が続いた事なんてほとんどない。
他愛ない文章を送り合うだけのラインでも電話でも、ちっとも仕事の話にならないところを見ると、きっと今も無職だと思う。
だから仕方ない。
去年のもんなんて着れるかよ、と愚痴る彼のコートを買ってあげる事も。
2か月ぶりのデートが、真冬の河川敷での草野球チームの練習試合観戦でも。
「お前、そんなカッコで寒くねえの?」
少しだけ機嫌が良くなったらしい彼が、やっと私の勝負服に気付いてくれる。
それだけで嬉しいんだから、私って単純だ。
「あ、気付いてくれた?これ一目ぼれしたワンピなの。ボーナス出たから勢いで買っちゃった」
「ふーん」
「似合う?」
「良いんじゃね」
「ちゃんと見てってば」
「見てるって」
「……この色、結構好きなんだよね」
「んあ。そういえばそういう色ばっか着てるよな」
「うん、好きだからね……どうしても似たような色ばっかり買っちゃう」
「執着心すげーんだな」
「執着……なの?こういうの」
「じゃねえの」
「執着……なのかなぁ」
「執着以外に何があんの?怖ぇよ」
「え……私、怖い?」
「お前じゃなくて執着心がな」
「……怖いの?」
「だから怖いって」
「そっか……なら同じ色にこだわるのもほどほどにしなきゃね」
「だな」
「一目ぼれ……だったけど、さすがにこのカッコじゃ寒いんだよね」
「だろうな」
「や……っぱり……」
「あん?」
「うん……やっぱりこのワンピと合わなくても、もっと温かいカッコしてくれば良かった」
「気付くの遅ぇっての」
「だよね……いっつもそう。私、後先考えないんだよね」
「バカだろ」
「ね……後先考えずに、このワンピにはこのカーティガンって思っちゃって」
更には、このワンピにはこのヒールって思っちゃって。
だってまさか、今日のデートが河川敷での草野球観戦だなんて思ってなかったから。
新品のワンピで枯れた茶色い草の上に座る度胸なんてなかったし、だから慣れないヒールで数時間立ちっぱなしになっちゃって。
でも仕方なかった。
どうやらさっきの草野球の面々は、彼の大学時代の後輩たちらしい。
久々に後輩たちと会いたい気持ちはとってもわかるし、実際途中から野球に加えて貰った彼は楽しそうだったし。
楽しそうな彼らを見てるだけで、私も何だか心が和んだし。
でもね。
とにかく寒い。
そして痛い。
だから早く焼肉食べに行こう……と。
隣に並んだ彼の顔を見上げて、何やら不穏な空気に気付いた。
「…………」
無言のまま、じっとりと私を見下ろす彼。
え……いつから?
いつから彼は無言だった?
溜め息は?
もしかして溜め息は出ちゃった後!?
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