戦場の花は足跡で咲く

ClowN

第1話: 交差する運命

薄曇りの空が静寂を纏い、灰色の建物がそびえる街の片隅で、美咲は一人、呼吸を整えていた。焦げた鉄の匂いと、壊れたコンクリートが散乱する路地。そんな場所でも彼女の姿には奇妙なほどの清潔感が漂っている。オフホワイトの制服が埃に汚れるのも構わず、肩にかけた小型の医療キットをきつく握りしめた。


「…負傷者がいるって連絡があったのに、誰もいないなんて……。」


焦りが滲む声を漏らし、美咲は不安そうに辺りを見回す。肩まで伸びた髪を手で払い、目を細める。その姿は小動物のように慎ましくも健気だ。


その時だった。


「……立ち止まるな。狙われるぞ。」


低く、少し掠れた声が耳に届いた。


美咲が振り返ると、目に入ったのは、どこか不機嫌そうな表情を浮かべた女性だった。短くはない金髪に、目立つ黒いメッシュ。煙草を唇に咥え、深々と紫煙を吸い込んでいる。薄いジャケットの裾からは引き締まった腹筋が僅かに覗き、その手には古びたナイフが握られていた。


「な…何者ですか?」


思わず後ずさる美咲に、女は面倒くさそうに肩を竦めるだけだった。


「ここは戦場だ。出る杭は撃たれる。それくらい分かれ。」


煙を吐き出しながら、綾奈は路地の奥を睨みつけた。

「でも……この辺りに負傷者がいるって……」


美咲の声はどこか震えていた。それを聞いた女は、一瞬だけ表情を動かしたが、すぐに冷たい視線を戻す。


「そんなの、罠に決まってるだろ。」

「罠……?」


その言葉に驚く美咲を一瞥し、女は面倒そうに言い捨てた。


「お前みたいな善人が、一番最初に死ぬ場所なんだよ、ここは。」


その時、遠くから銃声が響いた。鋭い音が空気を裂き、美咲は本能的にしゃがみ込む。


「くそっ、来たか……!」


女が舌打ちし、ナイフを握り直す。


「おい、立て!」

「え、ええっ!?」

「逃げるぞ!」


女はためらう美咲の腕を掴み、無理やり引き上げた。その力強さに美咲は驚き、彼女の横顔をちらりと見る。近くで見ると、その三白眼が不思議と鋭くも頼りがいのある光を湛えていることに気づいた。


「死に急いでんのか?善人さんよ」


女が笑う。その笑みにはどこか余裕と苛立ちが混ざり合っていた。


美咲の胸に、言い知れぬ感情が芽生える。彼女がここにいる理由も、戦い続ける理由も分からない。ただ、その背中に惹きつけられる何かを感じる。


「…分かりました。」


震えながらも、美咲は頷いた。


「よし。そんじゃ、ついて来い。」

女が前を向き、走り出す。少し遅れて、美咲もその背中を追った。

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