魔王様ごめんなさい!エリートサキュバスなのに、男子高校生を落とせません!

小夏てねか

第1話 露出魔①

 規則正しく並ぶ街灯が、暗い夜道をほのかに照らす。人影のない静かな住宅街。もの寂しい秋の星空から、一人の少女がふわりと舞い降りてきた。


「へぇ〜、ここが地球かぁ」


 軽やかに着地した後、ピンク色のツーサイドアップを撫でる。華奢きゃしゃな身体で大きく背伸びをすると、澄んだ空気で肺が満たされた。


 ……うーん。魔界のどんよりした空気の方が、好きだな。


 思わず顔をしかめる。地球の空気は、何というか、こう……。鼻の奥がツンとしみるような、あるいはむずがゆいような感じがして、あまり心地良くはない。


 でも……。今日は地球ここでやるべき事がある。その為に、わざわざ時空を超えてやって来たんだ。


「さてと。まずは力を試すとしようかな……!」


 目を閉じ、精神を集中させる。あまりにも静かだが、人の気配がしないわけではない。サキュバスとしての『嗅覚』、そして『勘』を頼りに、人間の男を探す。


「……ふふっ、みーつけた」


 少女は八重歯を見せて笑い、ペロリと舌舐めずりを一つ。直後、軽やかに夜道を走り始めた。十字路をいくつか曲がったその先に、20代くらいの男性を見つける。

 スーツ姿で、どことなく疲れたような顔だ。仕事帰りだろうか。


 行動開始。忍び足で背後へ近づき、そっと声を掛ける。


「ねぇねぇ、お兄さん――」


 出来るだけ高く、柔らかく、そして甘い声色で。アウタージャケットのファスナーを、滑らせるように下ろしながら。


 男は振り返ると、大きく目を見開き、頬を赤らめた。無理もない。現実のものとは思えないほどの美少女が、上目遣いをしながら服を脱ごうとしているのだから。


 これこそが、少女の狙い。サキュバスは人間の男を魅了し、とりこにする事で彼らから『精力』を奪い取る。


 そして、彼女が持つ魅了の力は……。


「リリィと、少しだけお話ししない?」



 肌を露出すればするほど強くなる!!



 ジャケットを脱いだ少女は、ショートキャミソールにホットパンツという、それはそれは布面積の小さな服を身に着けていた。

 ふくよかな胸の谷間、滑らかな脇、柔らかそうな二の腕、吸い込まれそうなへそ、程よい肉付きのお尻、タイツに隠された細い脚……。色白な素肌から、魅了の魔力がふんだんに発せられる。


 これまでに何百人もの男を手玉に取ってきたのだ。虜にできない男はいない、そう自負している。

 サキュバスの中でも、一際強い魔力を持って生まれた。それから16年……。着々と実力を伸ばし、周囲と差をつけ、天才だのエリートだのと再三さいさんもてはやされてきた。


 揺らぐ事のない絶対的な自信、そしてプライドが、大木のように力強く根付いているのだ。


「は……はい、リリィ様……」


 ほら、案の定。目の前の男も、骨抜きにされたようにひざまずく。そして息を弾ませながらこうべを垂れてしまった。


 地球の人間は魔力もなければ、精霊の加護みたいな面倒臭い力もない。リリィのような悪魔からしてみれば、低レベルの冒険者が装備なしでぶらついているようなものだ。


「ふふっ、ざっとこんなものよ」


 男の頭に自身の右足を乗せ、ぐりぐりと押しつける。男は無抵抗……いや、むしろ喜んでいるように見える。完全に心を奪われているようだ。


「はぁ……私ってば、やっぱりエリートね。自分の才能が恐ろしいわ」


 悪魔の象徴である漆黒の羽が、踊るように羽ばたく。グリフィンやコカトリスのように立派な翼ではないが、この慎ましいサイズもチャームポイントの一つだ。


「このまま食べちゃいたいくらいだけれど……でも残念。今日の獲物は、お兄さんじゃないの。さぁ、おもてを上げて」


 爪先であごを拾い上げ、無理矢理上を向かせる。男の瞳はうつろで、すっかり輝きを失っていた。


「この辺に、男子……高校生? とやらは居ないかしら?」


 リリィにとっては聞き慣れない言葉だ。無理もない。魔界には学校という概念がないのだから。それでも彼女は探さなければならなかった。


「はい……この路地を真っ直ぐ歩き、突き当たりを右に曲がって下さい。その先の古びた公園に、毎晩一人で通っている青年が居ます」


 まるで音読ツールのように、抑揚よくようのない声が返ってきた。リリィは再び目を閉じ、集中力を研ぎ澄ませる。すると、若くて初々しい『精力』を感じ取ることができた。採れたて果実のように瑞々みずみずしく、極上スウィーツのような甘さが秘められている。


「……ふーん、そう遠く無いわね。ありがとう、教えてくれて」


 思わずあふれそうになったよだれこらえつつ、男の顎からそっと足を離す。


「じゃあ、あなたはもう用済みだから……おやすみなさい」


 着き放つような冷たい口調。不敵な笑みを浮かべながら、指をパチンと鳴らす。すると、男は事切れたかのようにその場へ倒れ込んでしまった……。



 再びジャケットを羽織り、つややかな肌を隠す。そして動かなくなった男に背を向け、薄暗い夜道を歩き始めた。


「……もうすぐ夢から覚めると思うから。あまり夜遅くまで働いてないで、さっさとお家に帰ることね」


 満足そうな笑み。その瞳は、やはり自信に満ち溢れていた。

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