第29話 ベイ魂が燃える頃
昔は良かった。
音無景弘、弱冠十八歳。最近の口癖だ。
小学生の頃は毎日の遊び、目前の楽しい事だけ考えられた。フレンドゼロ問題を担任に指摘されたりしたが、みんな仲良くっつークラス目標が異常である。嫌いな人と無干渉を貫けば、みんなの枠組みが狭まり目標が達成できるのでは?
そんな指摘をすると、シンプルにゲンコツされた。愛ある教育的指導とのたまえば、Z世代へ体罰は正当化される。それが教育現場。あのジャージハゲ、まだ許してねーぞ。
休憩時間、なんとなく三階のホビーショップへ赴いた。
最近のホビー情報は、聞いてもないのに常連が得意げに語ってくるので断片的に知っている。とは言え、オモチャを直接眺めるだけでテンション上がる。フ、俺もまだ若いということか。童心に帰る必要なく、遊び心未だ健在なり。
カラフルな店頭には、人気ゲームやキャラクターグッズが並び、巨大ブロック製のロケットが鎮座していた。
「すごく、大きいです……」
空を突き抜けろ、ユニヴァース。
うちも何か、ショップマークなブツを置くべきか? まあ、今月末閉店なんですけどね。
「今のベイブレード、加速するらしい。バースト世代だけどついていけるかい?」
びゅんびゅん動き回られちゃうと、目が疲れるぞ。衰えてるぜ、動体視力ぅ~。
十文字が対戦動画を出したいからと、相手を頼まれた。ちょ、待てよ。ベイブレードは友達いなくたって、一人で遊べるホビーだろ。自慢じゃないが、夏休みの自由研究――自動発射装置だったぜ? しかしなぜか怒られた、あのジャージハゲッ!
せっかくだし、久しぶりに購入したい。俺の愛機を決めるぜ。
おひとり様の矜持を以って、ベイを他人に借りるつもりなど断じてあらず。
なんせ、先方の経費払いなのだから。領収書ください!
再びのブーム再燃らしく、お目当ての品が一目瞭然。専用コーナーの充実度と面積で売上を予想してしまい、汚い大人になったと思いました。
「……」
アタック、ディフェンス、スタミナ、バランス。どのタイプにしようかな?
っぱ、ここは王道を征くド派手なアタックタイプですかねぇ~。費用はあいつ持ちさ、一番高いスタジアムセットをカゴに入れちゃおうかしら。
――わくわくタイムに興じる、はずだった。
「……」
ブースターのラインナップに集中したかったのに、残念ながら注視せざるを得ない人物が通路の真ん中に突っ立っていた。
俺がロリコンだったら、オモチャよりお前をずっと眺めていただろう。持ってて良かった、ベイ魂。
先客じゃあ仕方なし。一人で買い物したいタイプゆえ、一旦退却をば。
抜き足差し足忍び足。息を殺し、気配を殺し、音を殺す。暗殺者、天職かも。
「おじさん、また仕事サボってるわけ? こんな場所に大人がいて恥ずかしくないの?」
バレた。暗殺者、転職潰える。
相変わらず、人を侮蔑した表情がお似合いですね天羽さん。
「まだ学校の時間だろ。せっかく会わない時間帯選んだのに、ガッカリだよ」
「今日は午前授業じゃない。変質者なら当然知ってるでしょ」
「あいにく予定表貰ってないんでね。俺は自分のシフトしか把握しとらんぞ」
週七出勤がデフォ。勘違いで休まなくて安心だね。カァーッ。
「まず、オメーどこ小だ? いやっ、言うな。他人のプロフィールを更新したくない」
「ふん、通報する手間が省けたわ。学校に迷惑電話されても嫌だもの」
黒いヘッドドレスに黒いシアーワンピース。黒いパンプスをお召しになられた、クソガキ。魔女ルック?
「あーあ、せっかく早く下校できて気分良かったのに。もう二度と見たくないあんたの顔を晒されて、気分を害したじゃない。セクハラやめなさい」
天羽がげんなりと目を細めていく。
「カスハラには抵抗するで? 録画で?」
自分、泣き寝入りするくらいなら徹夜します。残業で慣れてるよね。カァーッ。
俺が今すぐ立ち去れば、何もなかった。誰にも会わなかったと日記に書ける。
今日も素晴らしい労働日和でした。はなまる。
しかし先日、柊さんが余計な情報をインプットしてくれやがった。精神年齢お高め幼女が似つかわしくない場所で真面目くさった表情だったゆえ、世間話でテキトーに誤魔化す癖が出てしまう。
「市場調査でもしてんのか? 興味のないモノで相手に合わせるの、大変だな」
「おじさんには分からないでしょうね。永世ひとりぼっちを自慢する輩だもの」
「まあな!」
天羽の隣でベイブレードのブースターパックを手に取った。
裏側に載ったリングの攻撃力とか、ビットの持久力を調べるのいと楽し。十文字のチャンネルスタッフになれば良かったか。否、アレと一緒に活動するのはゴメン被る。
「女の子ならたまごっちの方でよくないか? 特別に最強攻略ノート貸してやるぞ?」
女の子だから、たまごっち?
はい、性差別っ。慮れ、多様性! 面倒な時代だなあ……
「あたしのクラス、コマの方が人気。残念なことに」
「じゃあ、迎合すればいい。チャチなプライドを捨てれば、簡単だろう」
「前向きに取り組んでいるところよ」
「全く成果が出ていないようですなあ~、お嬢さん。ハハッ」
ニチャアとほくそ笑むと、弁慶の泣き所さんを蹴られた。
「アキレスっ!?」
別に、ギリシャの英雄はお呼びじゃない。踵じゃなくて、脛ですね。
俺は、片足ジャンプをリズミカルに刻んでいた。
「デリカシー皆無なおじさんは体罰で懲らしめる。道徳で習ったわ」
「そんな義務教育は滅んでしまえ! 英語なんてやってる場合かっ」
「小学校の授業が初めて役に立った瞬間じゃない。歓喜に咽びなさい」
生意気ロリが勝ち誇るような、小バカにするように鼻を鳴らした。
「それで、どうしてここにいるのよ? ガチャガチャ以外のオモチャも集めてるわけ? あんたのそれは多趣味じゃなくて、ただの散財だわ。そんなんだから、小学生に平然とご飯を奢らせられるのよ。恥を知りなさいっ」
「正☆論」
しかし、俺は悪びれず省みず媚はする。
「好きな物を偽らない。それがおひとり様の流儀。嫌々自分を曲げてなお、未だ迷いを払しょくできない小娘とは違うんですよ」
「は?」
天羽が眉根を寄せながら食ってかかったタイミング。
「店内では騒がず、他のお客様のご迷惑にならないようお願いします」
振り返るや、にこにこスタッフ。一礼するや、さっと捌けていく。
「……すいやせん」
「フン、興が削がれたわ」
気取るように髪を払った生意気ロリ。そのままフェイドアウトするらしい。
じゃあの。俺は小一時間、どのベイを買うか悩んでおくぜ。店番? ガチャショップなんて、無人販売が丁度ええやろ。
「おじさん、いつまでおじさん座りしてるわけ? 本格的に邪魔でしょ、存在が」
「おじさんだもの」
「ご託はやめて。はあ、本当は嫌だけど戻りましょう。あの不衛生な部屋まで」
「え、何だって?」
別に難聴じゃないものの、鈍感アピールせざるを得なかった。
望まない展開が待ち受けてることこの上なく、せめてもの抵抗だった。
「聞こえなかったの? 遭遇してしまった以上、あたしの余暇に付き合わせてあげるわ。身に余る光栄でしょ、このヘンタイッ」
最悪だった。
予想しうる限り、最悪のパティーン。
まるでうっかり旧友に再会して話が弾んだ気分。
もしも仮も万が一もなく、断じてけっして音無景弘に友達はいないのだが。
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