平成☆アンゴルモア!

雪村灯里

第1話 世紀末

 時は平成、20世紀末。


 ボディコンの女神達が、お立ち台で舞った平成の好景気。インターネット時代が幕を開け、J-POPはミリオン乱発、コギャルも爆誕。そんな狂乱の宴も泡のように儚くついえた。

 真冬の早朝に人々を襲い、大きな傷跡を残した阪神・淡路大震災。白昼に起きた過去に類を見ない凶悪犯罪の数々。この出来事達は日本を震撼させ、人々の心に忘れられぬ悲しみと恐怖を刻んだ。


 1999年6月28日・月曜日


 俺の名前は山崎やまざき直樹なおき。片田舎に住まう健全な中学三年生だ。この俺も狂気と恐怖に満ちた空気世界に不安を持っていた。

 かの有名な預言者ノストラダムスは語る『1999年7の月に恐怖の大王が来る』と。


「なぁ、麻衣まい。今週号のジャ〇プ買った?」


 隣の席に座る石井いしい 麻衣まいに尋ねた。

 黒髪の三つ編みおさげに眼鏡。絵描いたような優等生に擬態しているが……家も隣、席も隣、親の顔よりよく見るこいつは、バリバリのオタクである。

 俺は知っている。彼女は毎週月曜日、家を早く出ては少し離れたコンビニで、ジャ〇プを買ってから登校しているのを。


「買ったけど。何?」

「貸して?」


 俺は満面の笑みで頼んだ。しっかり者の彼女だ。勿論もちろん、食い気味に返事をくれる。


「ヤダ!」


 ……ぐぬぬぬぬぬぬ!


「いいじゃねぇか。今、小説読んでるんだろ? 頼む! 今日学校に居る時だけでいいから! 俺、死ぬ前に読みたいんだ!!」


 俺は知っている。麻衣は授業中、教科書を盾に小説を読んでいる。彼女はス〇イヤーズに嵌っているのだ……ふとした瞬間に竜破斬ドラグスレイブを詠唱している。


「あんたねぇ……死ぬ死ぬって、ノストラダムスの予言を本当に信じてるの? それに発売日が決まっているんだから、小遣いで計画的に買えばいいじゃない」


 フッ……さすが俺の幼馴染、切れがイイ。


「ああ!信じているッ!! だから小遣いも貯金も使い切った! それに中間の結果も悪くて小遣い減らされた!頼む!」


「自業自得でしょ? 世界が終るから勉強してないって、あんたバカ? 新世紀に向けて勉強しなよ。受験控えてるんだから」


「やめろ! 今の俺に現実と正論を叩きつけるな ! 心の栄養、慈悲のジャ〇プを何卒なにとぞ


 俺は手を合わせ頭を下げて懇願した。チラリと彼女の顔を見ると困り顔でため息を吐いている。彼女はガサゴソと鞄の中から取り出した。


「……休み時間の間だけね? 先生に見つからないようにね! 又貸しはコロす!」


 幼稚園からの付き合いだ。麻衣が押しに弱いのは十分理解していた。


「分かってるよ。サンキュー☆」


 俺は彼女からジャ〇プを受け取る。嗚呼、この重みよ。俺は軽快にページをめくり目的の物語を探すが……。


「今週『ハ〇ター』おやすみ」


 嘘だろ!?!?


「そんな!……ああああ!!終りだ!神は無慈悲だっ!」

「はぁ、大げさね。来週は有るわよ」


 未来は絶望に満ちている。


 その時だった。クラスメイトが慌てて席に着いた。がらりと扉が開き恐怖がやって来る。


「おーい、授業始めるぞ。山崎、手に持ってるジャ〇プ寄こせ。帰り職員室に取りに来い」


 ――キーンコーンカーンコーン♪


 チャイムより早く来るなんて反則だ! 俺は持っていたジャ〇プを先生に差出し、項垂うなだれながら席に着いた。隣りで麻衣が般若はんにゃの形相でこちらを見る。


『こんの!ばかっ!! 私の名前出したら承知しない!!』


 声にしなくても、彼女の言わんとすることが読み取れた。


 すまん。

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