第2話「死骸の場所」3

『永遠の歓び』という陳腐な名前の館が町はずれにある。知る人が少ない好事家向けの館で、未成年はお断りの場所だ。

 死霊術によって仮初の生命を与えられた死体たちがあれこれサービスをしてくれる。例えば死んだ執事やメイドにかしずかれるリッチの気分を味わう事も出来る。

 何が楽しいのかわからないが、他人の趣味をどうこう言っても得るものは少ない。

「ア゛……。 ア゛……」

 入口を入ってすぐの受付フロアに立っている護衛もゾンビだ。割と整った顔の男が濁った目で来客を見つめている。元冒険者かもしれない。

 別にゾンビぐらいで侵入者を追い払えるとも思えないが、演出なのだろう。あるいは休まず、金も貰わず働き続けるのがいいのか。

 俺がゾンビを見つめ返しているとすぐに人間の受付が出て来た。

「ようこそ永遠のよ……なんだ、ジロさんですか」

 顔見知りの店員だった。別に俺がここの常連ということは断じてない。ただ死霊絡みの事件があると話を聞きに来ていただけだ。俺は管理人に会いたいと告げる。

 客じゃないとわかった途端死人のように無表情になった店員に案内され、管理人室に。


 管理人室では小一時間待たされた。接待用のメイドも死人なので雑談もできない。

 無駄口をきかない、影口を言わない、秘密を洩らさない。完璧な従業員。


「いやぁお待たせしました! 入ったばかりの子の調整中だったので、どうしても手が離せませんで」

 太って禿げた赤ら顔の中年男が入ってくる。満面の笑みはつやつやと血色が良い。この館の管理人のイッシュトヴァン氏だ。

 外見は死霊術師感のかけらもなく愛想のいい肉屋の主人といった風貌だ。実際仲良くなるとたまに内蔵をおまけしてくれたりするらしい。

 俺はもらったことはない。

「それで、今日はどんな御用で? 遊びに来てくれたわけではないでしょう」

「冒険者の死骸を扱っていないか。ダンジョンで死んだような」

 結局、リナの死骸を探すとなると誰が何のためにリアニメイトしたのかという話になる。嫌な話だが冒険者の死骸は金になる。そういう話ではないかとおもってまずはこの館に来てみたわけだ。

 死骸は死骸屋、みたいな諺がどこかにあった。多分。

 イッシュトヴァンは丸々膨らんだ手をぶんぶん横に振る。

「いやあ、うちはそういう闇商売とは違いますよ! 従業員は全員死骸売却同意書があるちゃんとした子たちですから!」

 何がどうちゃんとしているかは知らないが、こういう法律ギリギリ倫理的には真っ黒な商売をするにあたっては建前は大事らしい。

「もちろんそうだろうが、一応話を聞いてくれ」

 俺はリナの容貌を説明する。

「クレリックの死骸ですか。いいですねえ、冒涜的な感じを好む方もおられます! もしあったら高く買い取りますが」

「ないんだな」

 ニコニコ笑いながらイッシュトヴァンは無責任に答える。

「ええ、残念ながら」

「そういう死骸を売りに来たやつもいないか」

「まさか! うちが取引してるのは信頼のおける薬師や葬儀屋ばかりですからね。一見の売り込みなんか相手にしませんよ。だいたい後ろ暗い死体で、状態も良くない」

「ああ、まあ、そうなんだろうな」

 この街の薬屋や葬儀屋はどうなってるんだ。

「控室を見ていきますか?」

 この館、キャストの控室は本当に控室風に作ってある。

 座り心地のそこそこいいソファーに死人たちがずらっと並ぶ。テーブルにはお茶のセットと菓子まで乗っているが、当然だれも手を付けない。

 身じろぎもせず無言で指示をまつ着飾ったゾンビたち。あまり眺めたい光景ではない。

 イッシュトヴァンはイカれた野郎かもしれないが、こいつ自身現役の冒険者でもある。

 今はこんな館でぬくぬくしているが、10年前はがりがりに痩せたいかにも死霊術師といった風貌でギルド支部をうろついていた姿を覚ええている。

 ギルドを敵に回すほど馬鹿ではない……と思いたい。

 じゃあそんなことを言えばギルドの冒険者に死霊術を使うようなやつはどんなやつだ、って話ではあるが。

「何かうわさでも聞いてないか。死霊術師業界で、冒険者の死骸を扱ってるやつとか」

「みんな真面目にやってると思いますよ! 闇系の人たちとは全然つながってないですし。完全に個人で愉しんでるとかだとわからないですけどね!」

 こいつの家に闇のゾンビが何体かいるんじゃないかと疑いたくなる。

 いやそもそも闇のゾンビって何だ。

 俺は頭を振って話題を変える。

「渓谷のダンジョンについて、何か噂とかはないか」

「噂というと?」

「主の死霊術師が戻ってる、とか」

「まさか! あの主のハザンは私の師匠の師匠の兄弟子だったそうですから! その世代で現役なら今頃リッチになってますよ、あんなチンケな所に戻る理由がない」

 伝説の死霊術師と、こんな怪しい商売の管理人がたどればどこかでつながるのか。

 なるほど業界は狭いらしい。

「参考になった。ギルドに戻る」

「次は是非お客として来てくださいね! 嫌がっていても一度体験したら絶対ハマりますから! なんなら初回無料にしますから!」

 無言の護衛とメイドに見送られ、俺は永遠の歓びを跡にする。わくわくと向かう小金持ちそうな男とすれ違った。

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