第17話 ポーション完成
「わー、すごい。見事に育ったね」
宿で薬草を育て始めてから2か月。
ランスとグウェンさんはもちろんのこと、ベルさんとおばあも協力してくれて、裏庭の一角を薬草畑にしていいと貸してくれていた。
その小さな薬草畑一面に、見事に薬草が生い茂っている。
3メートル四方の、以前の薬草園に比べたらごく狭い薬草畑だけど、無理なく育てられる量としてはちょうど良かった。
この町は、自然溢れる田舎ほどではないけれど、どうしたことか聖なる力が満ち溢れていて、活気があって、薬草も力強く、瑞々しく育ってくれる。
「はい! グウェンさんにも協力していただいたおかげです。もう十分、ポーションが作れますね」
シレジア子爵様のお屋敷に勤めている時は、忙しすぎてポーションを作る時間まではとれなくて、ほとんどの場合、薬草のまま売っていた。
売る先は貴族や王宮、大商店などだったので、薬草のまま売れば、売った先の聖者がポーションにしていたのだろう。
でももちろん私も、薬草からポーションを作ることができる。
今日あたり薬草ができそうだったので、グウェンさんに注文していたポーションづくりの材料を、持ってきてもらったのだ。
「一気に全部収穫するのか?」
「うーん、この線から、右側だけかしら。少し条件を変えて1列ごとに植えていったから、ここ以外はもう少し育てた方が、効果が高そう」
ランスにも今日薬草を収穫できると伝えていたせいか、手伝ってくれるつもりで今日の予定を空けてくれている。
ちなみにランスロートは、王都に滞在中、普段あまり王都に来られないドレスディア家の面々の代表として、社交界に顔を出したりして、結構忙しそうにしていた。
「根っこは残すんだったよな」
「そうそう。そこからまた生えてくるから」
子どもの頃、よく故郷でお父さまやお母さまの、薬草を育てるお手伝いをしていた。
ランスロートも一緒に手伝ってくれることもあったので、収穫の仕方には詳しい。
聖者の仕事を覚えるためのお手伝いと言いつつ、ランスも私も、それが楽しい遊びでもあった。
ランスが愛用の鋭い小刀を用意すると、薬草の根元を1センチほど残して、スパッと切った。
慣れているだけあって、鮮やかな手さばきだ。
負けじと私も収穫をしていって、あっという間に薬草を収穫し終わる。
収穫した薬草と、グウェンさんが運んできてくれたポーションを作る道具を持って、皆で私の自室へと移動した。
「すごいです、グウェンさん。この水の魔石、今まで見た事がないくらい、純度が高い。あの炎の魔石と同じくらい。『カエルの王子』って、商品の品ぞろえが素晴らしいです」
「そう? ありがとう」
以前から使用している炎の魔石も、沢山ある上に品質は一級品だったけれど、この水の魔石も負けてはいない。
以前店頭で見た時は、こんなにすばらしい水の魔石は売っていなかったので、きっと仕入れてくれたのだろう。
グウェンさんの魔道具店、『カエルの王子』に置いてある商品の品質は、素晴らしく良かった。
どうしてそんな店が下町にあるのだろうか。
……場所はどこでもいいのかもしれない。どこに店があっても、この魔石が欲しい人はどこからでも買いに来るだろうから。
まずは水の魔石を砕く。
これについては、グウェンさんが引き受けてくれた。
魔石を砕くのは力が必要だし、魔力を逃がさないように気を付けなくてはいけない。
魔力をはじく体質のランスロートには、できない作業だ。
グウェンさんは店で砕いて売る事もあるから慣れているとのことだったけれど、本当だった。
魔力を逃がしにくい陶器で出来た乳鉢の中で、器用にすりこぎを動かして、押しつぶすように砕いていく。
見る見るうちに粒のそろった、理想的な魔石の粉末になっていった。
一方で、薬草の様子を見るのも忘れない。
薬草は畑から切り離した途端に、水分が見る見るうちにとんでいく。
先ほど収穫したばかりの薬草が、既に水分が抜けはじめていた。
水分が全部抜けてカラカラに干からびると、次には何度も注ぎ込んだ聖なる力が少しずつ漏れ出てしまう。
ちなみにポーションを作ると、力が漏れ出るスピードは抑えられるけれど、それでもやっぱり少しずつは漏れ続けてしまう。
そのためポーションを作ってから2週間ほどが、使用期限となっている。
大分短い。
だから地方で薬草を育ててポーションを作っても、王都へ着くころには効果も落ちているし、使用期限も残りわずかになってしまうのだ。
王都で育てられる薬草が貴重なのには、そういう理由がある。
薬草が大分乾燥してきた。
ここからは時間との勝負だ。
一番にカラカラに乾いた薬草を、大きな乳鉢ですり潰す。
久しぶりだったけれど、体が覚えていたようで、こちらもみるみるうちに、粉末状になっていく。
粉末状になった薬草に、グウェンさんが砕いてくれた水の魔石の粉末を混ぜる。
いきなり水に混ぜても、薬草は混ざらないのだ。まずは水の魔石と混ぜて、馴染ませないといけない。
「すごい。こんなの初めて見ました」
純度の高い水の魔石と、採れたての薬草は、あっという間に綺麗に混ざり合って、完全に溶け合ってしまった。
これほど完璧に溶け合ったのを見たのは、初めてだ。
「本当だ。もう完全に溶け合って、変化している」
グウェンさんが、感動したかのように、静かに呟いた。
この現象のすごさが分かるのだろう。
そうして溶け合ったポーションの素を、予め取り寄せてあったドレスディア産の水に溶かしていく。
ドレスディア産の水は、どういうわけか聖なる力と相性が良いのだ。
割合は成分によって変化するので、水何リットルに対して何グラム溶かすとかは決まっていない。
少しずつ聖なる力も注ぎながら、感覚に頼って、少量ずつ混ぜながら溶かしていく。
――入れた瞬間から、あっという間に溶けていく。溶けていく。もう少し。あともう少し、溶けることができる。
「あ、できた」
少しずつポーションの素と聖なる力を少しずつ注いでいるうちに、ピッタリ『ここだ!』と思える瞬間がきて、完成したことが分かる。
今までも感覚で作っていたけれど、こんなにも完成したという手ごたえがあるのは初めてだった。
「完璧……かどうかは分からないけれど、最高の出来、だと思います」
故郷のドレスディアで、お父様とお母様が作っていたポーションは、ドレスディアの自然の力で育てた薬草と、ドレスディアの水を使った、とても品質の良いものだった。
だけどこのポーションは、それ以上の出来だと言う確信がある。
水の魔石と炎の魔石が素晴らしかったのだ。
「いやこれ、すごいポーションができちゃったね。5万リベルで売れなんて、言えないよ。50万リベルで買い取る」
「ええ!? そんな」
5万リベルでも、買い取り価格としては破格の値段だったことを私は知っている。
まさかその10倍の50万リベルで買ってくれるなんて。
さすがにそれは、もらいすぎじゃないだろうか。
「いやニーナ。お前、ちゃんとこのポーション作るのに掛った費用、計算しているか? ドレスディア産の水は、俺宛の荷物と一緒に運んでもらったから無料だけど、炎の魔石と水の魔石は一級品で、かなりかかっているぞ。しかもまた自分の働いた分の費用を考えていないだろ。50万リベルでも安いくらいだ」
「…………あ」
ランスロートに言われて気が付いた。
元々自分でも作れるか試してみたいくらいの気持ちで作り始めたので、原価や自分の働いた分のお金なんて、全く気にしていなかったのだ。
「趣味で作るなら、もちろんどうでもいいけどな。しっかりと商売としてこいつに売るなら、50万でも安いくらいだ。80くらい貰っておけ」
「あははー、バレた? さすがランスロート君。まあ確かに、80万でも欲しいって言う貴族はいるかもだけどね。よし! じゃあこれから魔石を安く卸すことを条件に、しばらく50万リベルで買い取らせてくれないかい? この価格で貴族に売りに出してみて、もっと高値で売れそうだったら、その時はまた値段を相談させてもらう」
「あ、は、はい! 私はもう全然。そんな50万なんて、十分すぎるくらいです」
グウェンさんがあっさりとランスロートの言葉を認める。
さっきまで1本5万リベルで売る気だったポーションが、一気に10倍の50万リベルになってしまった。恐ろしい。
そんなわけで、作ったポーションは宿にストックとして置いておく3本を除いて、グウェンさんのお店で買い取ってもらえることになった。
元々は、私がもしもすぐに駆け付けられない時に、誰かが怪我でもした時用のストックの為に作る予定が、なんだか大事になってしまった気がする。
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