第3章 闇の聖女

第16話 薬草づくり

「こんにちはー。魔道具屋『カエルの王子』です」

「グウェンさん! こんにちは」



 午後、夕食の仕込みをしているところに、グウェンさんが早速荷物を届けにきてくれた。

 ドアのところまで出迎えに行くと、道には荷車をひいた馬が泊まっていて、その荷台の上に購入した荷物が積んである。

 荷車は、狭い下町の道でも通れるようにか、大分細長い仕様になっている。


「すみません、道を塞いでしまうので、荷馬車を裏に回していただけますか? 裏の方に、馬で来られた方用の厩舎と庭があるんです」

「はいよ」



 グウェンさんは表からは一応声を掛けただけで、元々裏の方へ回る気だったのか、教えるまでもなくグルリと通りを回って、裏の厩舎に再び荷馬車をとめた。



「ありがとうございます。運んでいただいたお礼に、お茶をいれますね」


 このように荷物を運んでくれた人や、裏庭で体を剣の稽古をするような旅の傭兵さん達のために、ちょっとした休憩用のテーブルがあるのだ。


「おおいいね。じゃあお言葉に甘えて。先に荷物を運ぶよ。ニーナちゃんの部屋は2階だよね」

「はい!」


 話しながらも、グウェンさんは手際よく荷物を降ろしていく。


 ただ元々、ランスと一緒に2人で運ぶつもりで買った量の荷物だったので、グウェンさん一人では、1度に全ての荷物を2階まで運ぶのは難しそうだ。


「イヤイヤ! なにやっているの、ニーナちゃん」

「あ、残りの荷物は私が運ぼうかと思いまして。以前も土や鉢は、結構自分で運んでいたので、意外と力持ちなんですよ」


 そう。薬草園を育てるとなると、ただ聖なる力を注げばいいというものでもない。

 どうしても土を掘ったり、移動させたり、水を運んだりもするので、意外と体を動かすのだ。

 だからこのくらいなら運べそうだと、グウェンさんが残していこうとしていた麻袋に入った土を、持ち上げようとしていたところだった。


「お客さんにそんなことさせられないよ。僕がまた運びにくるから。置いておいて」

「そうですか。でも2度も往復してもらうのも悪いですし……」

「なにやってんだ、2人して」


 荷物の運び方で軽くてこずっている間に、宿の裏戸からランスが出てきた。

 夕飯の時間まで部屋で読書でもしていると言っていたけれど、ランスの部屋は裏庭に面しているので、グウェンさんがきたことが、声で分かったんだろう。

 荷物を運ぼうとしていることを教えると、ランスはやれやれといったふうに、少し大げさにため息をついてみせた。

 


「残りの荷物は俺が運ぶから、ニーナは大人しくしてろ。そんなデカい荷物運んで、階段から転げ落ちても知らないぞ」

「そんなことになりません!」


 口は悪いけれど、ランスは荷物を運んでくれるようだった。


「うーん。本当はお客さんに荷物は運ばせないんだけど。……まあランスロート君は、お客じゃないからいいのかな?」

「そうだな。この商品を買ったのはニーナで、俺はただの付き添いだ」

「じゃあ悪いけど、頼むよ。放っておくと、ニーナちゃんが運んじゃいそうだからね」



 本当に、このくらいの荷物なら運び慣れているのだけど、あまり信用されていないらしい。

 その点については少し不満だけど、2人が運ばせてくれそうにもないので、私は感謝して、大人しく運んでもらうことにした。

 


*****



「ところでさ、この組み合わせを買うってことは、ニーナちゃん、薬草育てるつもりだよね?」

「はい。薬草を育てて、少しでもポーションを作っておいたら、便利かなと思いまして。私がいない時に、誰かになにかあっても、すぐに対応できるので」

「でもいくらニーナちゃんが優秀な聖女でも、王都で薬草は育てられなくない?」

「あ、いえそれは」



 そう。王都では、いくら薬草に聖なる力だけを注いでも、ほとんど育たない。

 何とか育てたとしても、なんだか色が薄くて、細くて、効果の薄いポーションしか作れないようなものしか育たないものなのだ。


 王都は広大な範囲の森を切り拓いて作られており、まず森がない。

 森がないともちろん木がないし、獣もいなければ、虫も少ない。

 川は小さなものがいくつか流れているけれど、洗濯をしたり、生活排水を流したりで、汚れていて、川の生物もいないので、生命力が弱い。


 そんな王都で、聖者からの聖なる力だけで無理やり育てても、普通だったらヒョロリと細長い薬草ができるだけなのだ。


「実は私、つい最近までシレジア子爵家で働いていたんです。そこでシレジア子爵が王都で薬草を育てられる方法を発明されたので、育て方を知っているんです」

「なんだと? 本当にあの子爵が、そんな大層な発明をしていたのか? 王都で育つ薬草って、ニーナの聖なる力だけで無理やり育てていたのかと思っていた」


 ランスが驚いている。


「いくらなんでも、それだけで50平方メートルの薬草園は育てられないわ」


 ランスの言葉に、こちらこそ驚きだ。

 そんな力技で50平方メートルの薬草園を育てていたと思われていただなんて。


「へー、あの子爵って、偉そうにしていたけど、本当にちょっと偉かったんだね。その方法ってどうやるの?」

 どうやらグウェンさんも、シレジア子爵が薬草園で成功していたことを、知っていたようだ。


「これを使うんです。炎の魔力の籠った石。これを細かく砕いて、ある一定の割合で土に混ぜる。するといつでもほのかに暖かくて、炎の魔力を溜めた土になるので、そこに一日2回、朝と夜に聖なる力を注ぐと、薬草が地方で育てたのと同じように育つんですよ」

「あーー! それでシレジア子爵家から、炎の石が大量に購入されていたのか。最近急に注文がなくなったから、おかしいなと思ってたよ。そっか、ニーナちゃんが仕事を辞めて、使える人がいなくなっちゃったのか」

「グウェンさんのところから購入していたんですね。この炎の石、とっても純度が高くて、良い石ですね。これまで見た事がないくらい。きっと素晴らしい炎の魔術師様が力を込めているんだわ」


 この炎の魔力の籠った石も、王都で薬草を育てるのに欠かせない物だった。

 誰の魔力か知らないけれど、相当な魔力の持ち主だと思う。

 他の炎の石では、きっとあそこまでの薬草園を作ることはできなかった。



「そ、そう?」



 グウェンさんは自分のお店の商品が褒められたのが嬉しいようで、照れたように笑った。


「ニーナちゃん。薬草を育てられるのは鉢3個分だけ?」

「いいえ、もう少し育てられます。ランスと二人だけで宿まで運ぶのが大変そうだから、とりあえず試しに3鉢買ってみただけなので」

「じゃあもし沢山育てられるなら、育てて薬草をうちの店に売ってくれないかな。薬草1本3万リベル。ポーションにしてあったら、5万リベルでうちの店で買い取るから。……実は最近、王都の貴族たちの間でも、病が少しずつ流行ってきている。貴族といっても、流行り病をすぐに治せるようなお抱え聖者がいるような家は、ほんの一握りだ。下町で病が治せる聖女がいるなんて噂が社交界に漏れたら、大変なことになる。それよりも、下町にある商店、『カエルの王子』で、病を治せるポーションが買えるっていう噂をばらまきたい」

「まあ! いいんですか」


 確かに流行り病を治療魔法と回復魔法で治すのは、ただの回復魔法と比べてとても大変だ。

 病気の元を殺す魔法ではないので、患者本人の体調を見ながら、回復させて、その人本来の力を底上げしていかなくてはならない。

 もしも治せる聖者がいても、流行り病は1人を治しているうちに3人、5人がかかっていくような病なのだ。


私だって、シレジア子爵家で1日50人回復魔法をかけるなんて、アホみたいなことをしていなければ、とても下町での流行を止めることなんてできなかった。


「なるほどな。下町の流行り病が、本格的に広がる前に消えてなくなったのは、良質なポーションのおかげってことにするのか。じゃあそのポーションの出どころはどこだってことにならないか?」

「少し真実を混ぜよう。実は俺にはドレスディア家とアンワース家の友達がいて、ドレスディア領から良質のポーションを取り寄せて、仕入れることができるってことにするんだ」

「なるほど。ほぼ事実だから、辻褄が合うな」



 ランスとグウェンさんの話を聞きながら、私は驚いていた。

 まるで最初から打ち合わせをしてあったかのように、話が進んでいく。


「だけど、やりすぎは禁物だ。シレジア子爵家で働いていた時のように、ニーナがぶっ倒れたら大変だからな。あくまでニーナが無理のない範囲で、育てられる分だけだぞ」

「それはもちろん。俺も手伝うから、よろしく頼むよニーナちゃん」



 こうして私は、『ジャックとオリーブ亭』でも、少しずつ薬草を育ててみることにしたのだった。








*****





「おいグウェン。下町の聖女の正体が分かったというのは、本当か」

「はい、父上。やはりアンワース家の者でした。これからは私の店のほうに薬草を卸してもらえることになりそうです」

「ふむ、そうか。お前の無駄な趣味も、たまには役に立ったな」

「…………ありがとうございます」







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