第14話 カエルの王子
今までずっと気になっていた魔道具屋さんは、丈夫なレンガづくりで、その外壁はツタ状の植物に覆われていた。
そしてツタに覆われて読めなくなる寸前になっている木の看板には、「カエルの王子」という店の名前が書かれている。
不思議な事にこの店は、いつ見ても誰も出入りする気配がなく、町の人たちも素通りしている。
そもそも、このような下町に魔道具屋があることが不思議だった。
魔道具屋を利用するとしたら、聖者か魔術師。
それかそれらを雇う貴族くらいか。
このような下町をウロウロしているような人たちではない(自分のことは棚にあげるけれど)。
「この店、なにかの魔法が掛かっていて、人を拒絶するようになっているな」
店構えを一目見て、ランスロートが言った。
「そうなんだ。どおりで、なんとなく入りづらい雰囲気だなと思った」
ランスは聖者でも魔術師でもないけれど、200年前に活躍した勇者の子孫だ。
自分から受け入れない限りは、魔力も聖なる力も受け付けないという、特殊体質を受け継いでいる。
200年前の戦いで活躍できたのも、その特殊体質のおかげらしい。
この世界には光・火・風・水・土の五種類の魔力が存在している。
光の力を扱える者が聖者と呼ばれ、それ以外の力が使える者は魔術師と呼ばれる。
実は魔術師のほうが、聖者よりも珍しい。
そして魔力や聖なる力に一切影響を受けない特殊な体質は、勇者の子孫のドレスディア家にしか、今のところ確認されていない。
店内に入ると、中はとても狭かった。
ドアから奥のカウンターまでが、5メートルほどあるが、横幅が2人がすれ違うのもギリギリの幅しかない。
その両脇に様々な鉱石や、土や、種などが所せましと並べられていた。
カウンターには誰も座っていなかった。
きっと全くお客さんがいないからだろう。
開店はしているようだし、呼べばきっときてくれると思って、気にせず商品を見始める。
鉱石や土は、聖なる力を吸収して、溜めておきやすい特別な物が並べられている。
聖なる力を溜めた石を持っていたら、回復効果もあるし、悪い気から守ってくれる。
土に力を吸収させるのは、主にポーションの材料になる薬草を作るためのものだ。
もちろん普通の野菜なども作る事ができるけれど、育ちが妙に良いくらいで、野菜には聖なる力は吸収されにくい。
種は、ポーションの原材料になる薬草の種だろう。
シレジア子爵家でさんざん見てきた。
土を見ているうちに、私はあることを考えついた。
「土を買おうかしら」
「土?」
「うん。ランスロートも、宿まで一緒に運んでくれる?」
「それはいいが」
土は重いので、一人で運ぶのだと、あまりたくさんの量を買えない。
ここは遠慮なく弟分に頼って、運ぶのを手伝ってもらうことにしよう。
「せっかく王都での薬草の栽培の仕方が分かったんだもの。自分の部屋で鉢植えで、少し育ててみようかと思って」
「なるほど」
2人で運べる量ということで、とりあえず鉢を3つ(力が漏れにくい鉱石を練り混ぜた、薬草栽培用の鉢だ)と、それに入れるのに丁度いい量の土と種を選ぶと、カウンターの奥に、声を掛けた。
「すみませーん。誰かいらっしゃいますか。買いたいものがあるんですが」
カウンターの奥に向かって声をかける。
「へいへーい」
返事があった。
やはり奥の方に、店員さんがいたようだ。
年季の入った店の佇まいから、なんとなく店員さんもお年を召した方を想像していたけれど、声は若々しい男性のものだった。
ちょっとばかりやる気がなさそうな声だけれど。
「おやー。君たち新顔だね。誰かの紹介?」
「いいえ。通りがかりに気になっていたもので、今日初めて入ってみました」
「……マジで?」
声から予想した通り、出てきたのは若い男性だった。
20代前半くらいに見える。
私と同じか、ちょっと年上くらいだろうか。
短く切りそろえられた、珍しい真っ赤な髪なのが印象的な人物だ。
やる気がなさそうに見えて、意外と動きに気品がある。
「普通はこの店、紹介がないと『見えない』はずなんだよね」
「ああ、それで。ちょっと見えにくくしていましたね」
「俺には魔法は効かないからな」
「へ? いやいや。え?」
私たちがそう答えると、男性はとても驚いた様子で、何度も私たちの顔を何度も交互に見ている。
「お嬢さんのほうは……力の強い聖女かな? お兄さんのほうは、魔法が効かないって、勇者の末裔だったりして。あははー」
「まあな」
「うわー……冗談だったのに」
店員さんは、冗談半分だったらしいけれど、そうはいっても正確に私たちの正体を言い当てたのは、きっと洞察力や知識があるからだろう。
この店員さんのほうが、一体何者なのか。
私はそっちのほうが気になってしまった。
「それで、なにをご購入されるんですか」
「はい! これをお願いします」
「ふんふん。薬草の種と、栽培用の土。鉢が3つね。どちらへお届けしますか」
「運んでいただけるんですか!?」
「これだけ買ってもらえたら、サービスで運びますよ。だってお客さんが重くて運べないと、いっぱい商品買ってもらえないでしょう?」
しまった。荷物を運んでくれるなら、もっとたくさん買っても良かったかもしれない。
でもまあ、鉢植えで育てるのは初めてだし、きっと後からまた買いたいものも出てくるだろう。
その時にまたこの店に来て買い足せばいいかと思いなおした。
「それでは『ジャックとオリーブ亭』にお願いします」
「オッケー。じゃあここに君の名前書いて」
商品の明細と配達先の書かれた紙に、名前をサインする。
サインした紙と羽ペンを店員のお兄さんに返すと、お兄さんはその紙を確認して、そして固まった。
「ニーナ・アンワースって、ドレスディアお抱え聖者の一人娘じゃん。え、じゃあそっちのお兄さんは、ドレスディアの関係者? まじで勇者の末裔?」
「ニーナの名前を知っているのか。何者だ、お前?」
「俺はしがないただの魔術師だよ。こんな店やっていると、業界にちょっとばかり詳しくなるさ。といってもこの魔道具屋は俺のじゃないけど。今日は手伝いのバイト。本業は魔術師。グウェンってんだ。以後お見知りおきを」
「ランスロート・ドレスディアだ」
グウェンはランスロートが差し出した手を握って握手をしながら、「勇者の末裔っていうか、ド直系じゃねーか」とつぶやいた。
そういうグウェンだが、彼こそ魔術師という時点でしがなくもなんともない。
魔術師は聖者よりも数が少ないし、その魔法の性質によっては、聖者よりも優遇されることも珍しくないのだ。
「そういえば、最近すごい勢いで広がりつつあった流行り病を、病の広がる以上の脅威のスピードで回復させて、力技でおさめちまった聖女がいるって評判になってて、そんな聖者がいるかよって思って信じてなかったけど、まさかニーナちゃんのこと?」
「隠しても無駄か。まあそんなことできるのは、ニーナくらいしかいないだろう」
「まさかこんな下町に、そんなすごい聖女がいるって噂が本当だったなんて。大分大げさに話が伝わっていると思っていたよ」
どうやらグウェンさんは、最近の私の噂を聞いていたらしい。
「じゃあさ、お買い上げいただいたお礼に、忠告をしてあげよう。最近力の強い、若い聖女を探しているっていう貴族がいる。ちょっとその探し方が気になるんだよな。どちらかといえばあまり良い意味で探している感じがしない。何としてでも連れて来いって感じだからね。恩人にお礼を言いたいとかの用事なら、そんな探し方はしないはずだ」
何としてでも連れてこい――その文言を聞いて、私の頭に、一人の貴族が浮かび上がる。
「なんだってこんな下町にいるのか知らないけれど、お嬢さんは帰れるなら、領地に帰ったほうがいいのかもしれない」
グウェンさんの話を聞いて、増々不安が募る。
『逃げても無駄だ、絶対に探し出してやる』
シレジア子爵の、あの手紙…………。
「そう……ね。そろそろ故郷に帰った方が……」
下町での流行り病は収まってきた。
貴族の中でも流行りつつあるそうだけれど、貴族ならば私が治して回らなくても、それぞれの家にお抱えのお医者さんや聖者もいることだろう。
タイミングを考えても、貴族たちが探している若い聖女というのは私である可能性は高い。
下町の人たちに迷惑をかける前に、ドレスディア領へ帰るべきだろう。
国防を担っているドレスディア家に、勝てる貴族家なんてこの国の中にはいないのだから、故郷に帰りさえすれば安全は保障されている。
でもどうしてだろう。心が帰りたくない、まだもう少しこの町にいたいと叫んでいる。
何か不穏な空気が迫ってきている。それは感じる。
私はドレスディア領へ逃げて、匿ってもらうべき。
――本当に? 私だけが、またあの安全な故郷へ帰っていいの?
迷っている私の頭の上に、何かが置かれた。
「……ランス?」
ランスロートの手だった。
ランスの手は、こんなに暖かくて、大きかっただろうか。
「迷ってんだろ。……別にいたいなら、いてもいいんじゃねーの? 何かあっても俺が守る。そのために俺が来たんだから」
ランスの言葉に勇気をもらう。
頭の上に置かれた手から、全身に暖かさが広がっていく。
「あー、ちなみにですね。帰った方がお嬢さんのためだとは思うけれど、下町の人たちは皆、ニーナちゃんのことを邪魔だなんて思ってないから。実は俺が何で『下町の聖女』の噂を何で聞いたかっていうと、町の人たち何人もから、話を聞いたからなんだよね」
「皆……って?」
「色んな人からだよ。ニーナちゃんに子どもを、親を、友達を、そして自分が治してもらったっていう人たちから。とても感謝しているって。ニーナちゃんが最初にこの町に来たとき、ボロボロの状態だったって言うのも、町の人たちは知っている。もしもニーナちゃんのことをそんな目に遭わせた貴族が、またニーナちゃんを探しているっていうなら、絶対に皆でニーナちゃんを守るってさ」
まさか下町の人たちが、そんなことを考えてくれていただなんて。全然知らなかった。
私はここにいても良いんだろうか。
いたら誰かに迷惑をかけることになるかもしれない。安全なところに、逃げるべきかもしれない。
だけどここで逃げてはいけない。
見ない振りして放っておいたほうが、大変なことが起こる。
理屈ではなく、心がそう感じていた。
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