第10話 手紙の束

「そうだニーナ。お前宛にシレジア子爵から、こんなに手紙が届いていたぞ。何度か直接使者もきたけれど、お母様やお父様が対応しようとしたら、なぜか慌てて帰って行った」

「まあ子爵様から? なにかしら」



 ランスがカバンから取り出したのは、手紙の束。

 パッと見ただけで10通はありそうだ。


「退職してから3か月の間に、シレジア子爵様から10通も手紙がきていたの? 退職した相手にそんなに手紙を送るなんて、おかしいわね。なにか忘れ物でもしていたかしら」



 手紙は届いた順番に整理してくれていたので、せっかくのなので最初から順に読んでみることにする。


 まずは最初の1通目を開封して手紙を読んでみると、そこには驚くべきことが書いてあった。



「ええ! 大変だわ」

「……なんだ? なにが書いてあるか大体予想がつくんだが」


 ランスロートはそんなことを言うけれど、この内容を予想できる者なんているのだろうか。




「薬草園の薬草が、私が退職した次の日に全部枯れてしまったんですって!」

「……だろうな」

「きっと引継ぎが上手くいかなかったのね。薬草園は維持するよりも、種から育てるほうが大変だもの。クロリス、きっとその後苦労したでしょうねえ」

「……」



2通目を開封する。



「……私が薬草園に、毒をまいていったんじゃないかですって」

「……勝手に自滅するだろうから放っておこうかとも思っていたけど。やっぱり潰すか、シレジア子爵家」


 ランスがなにやら、物騒なことを呟いている。


 昔から、お姉さん代わりの私には懐いてくれて可愛い弟分のランスだけど、時折ちょっと、口が悪いのだ。



 3通目。


「『今すぐシレジア子爵家にこないと、毒をまいた罪で捕まえる。逃げても無駄だ、絶対に探し出してやる』ですって!? 今すぐって、この手紙いつかしら。2か月前?」

「毒をまいた証拠もないのに、アンワース家の聖女を捕まえるだって? ドレスディア家の威信をかけて、阻止するから放っておけ。ニーナのためなら、お父様やお母様だって、黙っていないだろ」



 手紙を読んでちょっと不安になってしまったけれど、ランスの言葉にホッと安心する。


 シレジア子爵様も、自慢の薬草園の薬草が枯れたらナーバスになるのは仕方がないのかもしれない。

シレジア子爵様もやっぱり私のことを疑っていたのかと思うと、せつない。



「その手紙の日付いつだ? ああ、最初の使者が来るちょっと前か」



 4通目の手紙からは、ちょっと様子に変化があった。

 まるで貴族相手に出すかのような、高級な紙を使用して、正式に家紋で封蝋をするようになっている。

 高貴な相手に対する礼を尽くした手紙だ。



 開封してみると、それまでの書きなぐりのような字と違い、とても丁寧な字で、文章が綴られていた。

 これまで疑って申し訳ありませんでした。今後ともドレスディア大辺境伯様ともども、アンワース様ともご懇意にしていただけたら……などと書いてある。


「そのあたりで、ニーナが誰なのか気が付いたのか」

「誰なのか気が付いた? 私、最初から実家の住所もアンワースの家名も、隠していなかったわ」

「まさかアンワース家直系の娘が、職業紹介所から紹介されてやってくるなんて思わないだろう。同姓なだけか、よくて遠縁とか、その程度に思っていたんじゃないか」




 5通目、6通目、7通目。

 手紙が最近に近づくにつれて、その文章から読み取れる悲壮感が増していく。


「……兵士たちが、剣術試合で勝てなくなっていったんですって。体調を崩して寝込む人も続出して」

「ああ」

「……私、やっぱりしてはいけないことをしていたのね」



 毎日聖なる力を何もしないでも分け与えられていた人たちが、いきなりそれがなくなったらどうなるのか。

 頭が働くようになった今なら、簡単に想像することができる。


 シレジア子爵家に勤めていた時は、ただただ毎日の仕事をこなすことだけに必死で、何も考えることができなかった。


「ああ。自分の力で怪我を回復したり、疲労を回復したり、体を鍛えたり。そういう人間本来の力が、なくなるだろうな」


 兵士5人でいいから、3人だけでいいから。

 もう1人だけで良いので、どうか回復魔法をかけていただけないでしょうかと、手紙を読み進むにつれて、悲壮な叫びが、けれども丁寧な文章でつづられている。



 でもきっとどんなに困っていても、またここで回復魔法をかけたら、以前と同じことになってしまうだろう。

 どんなに苦しくても、今はきっと、自分本来の体調に戻るために、自分自身で頑張ってもらわないといけない。



 そこでふと、アレフさんが以前言っていた言葉を思い出す。


『もう体が楽を覚えちまって、本来の自分の力の使い方なんて、覚えてないだろうさ』



 アレフさんは最初から分かっていて、よほどの事がない限り、私のところにはこないようにしていたんだ。

 例え若手にどんどん実力を抜かれて、部隊長を外されても。



「……シレジア子爵家の皆さんが、今どうされているのか。ランスロートは知っている?」



「噂程度だけどな。兵団は今ほぼ休止状態らしい。対外的には、それこそ流行り病のせいだとかどうとか言っていたようだが。まあ今は特に戦もないから、困るのは剣術試合に勝てなくなって、威張れなくなるということくらいだろう。元々シレジア子爵家の兵団の者で、ニーナに回復をかけてもらう前から剣術試合の上位に行くような実力の持ち主なんていなかったから、元に戻っただけの話だ。……あとはゆっくり、地道に自分を取り戻していくしかないだろ」

「そうね」



 少しだけ心が痛むけれど、私にできることは何もない。


 たった3か月前までシレジア子爵家にいたというのに、もう何年も昔のことに感じてしまう。


 


 ――私も間違ったけれど、きっとシレジア子爵様も間違っていた。これからはお互いに前を向いて、一歩ずつでも着実に歩んでいけたらいい。



 そう考えられるようになるほどに。





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