第6話 クロリスサイド:大嫌いな同僚を追い出した日

 ニーナが退職した日のこと






「あーー! 気持ちよかった。ニーナのやつ、結構粘ったわね」


 私はクロリス。人を陥れるのが大好き!


 今日は久しぶりにスッキリして、喜ばしいことがあった。

 同僚の聖女、ニーナを陥れて、シレジア子爵家から追い出すことに、ついに成功したの。

 

 いつもならもっとすぐに陥れられるのだけど、流石に子爵家相手だと結構時間が掛かってしまったわ。


 しかもニーナは聖女としては有能だったみたいで。

 いくら周囲の人たちに泣きながらイジメてくると訴えても、「まあでもニーナがいないと困るから」なーんて言う人もいて、大変だったの。



 そんなふうにニーナを庇う人も、根気強く一人一人陥れてって、ニーナの味方をジワジワと削って、減らして。


 そして本日、やっと無事に本人を追い出せたってわけ。


 こんな快感久しぶり!!

 私がシレジア子爵に抱き寄せられた時のニーナのあの顔ったら!

 もう本当に最高の瞬間だったわ。




 それにしても私ったらこれから、聖女で子爵夫人かー。



 うーん。私なら、もう少し上の階級の男を狙えるかも?


 ま、いいか。しばらくはシレジア子爵の婚約者ってことで、いてあげましょう。

 いずれ貴族の集まる社交界なんかにもいけるだろうし。

 貴族だろうとなんだろうと、私のことを好きにならない人なんて、そうはいないもの。

 会ってしまえばこっちのものよ。

 そうすればもしかして、子爵どころか伯爵夫人とかになれるかも?

 ううん、それどころか辺境伯夫人とか、公爵夫人とか。


 王子妃なんかも、夢じゃないかも!




 


 だって私は、幼い頃から特別だった。

 か弱くて、可愛くて、誰からも愛される特別な存在だった。


 私が頼んだことは、周囲の人間が必ずかなえてくれたし、泣けば誰もが慰めてきた。

 父親も母親も、祖父も祖母も、兄も、近所の人たちも、友達も、先生も。


 皆がみーんな、私に夢中。


 だけどたまーに、私が何かを頼んでも、泣いてもわめいても、言うことを聞かない人がいる。

 私の姉がそうだった。



 私が人を陥れることが大好きになった原因は、この姉だった。

 最初は子どもだったし、きっかけはほんの些細なことだった。

 どこにでもある、子どものちょっとした我儘。



 姉の赤ちゃんの頃からお気に入りだという、祖父母にもらった大切な人形。

 大事に大事に手入れされて、キラキラとして宝物のように飾られたそれは、私の憧れだった。

 だから「ちょーだい」って言ったけど、「これは私の物だからあげられないの。クロリスにはクロリスが生れた時にもらった人形があるでしょう?」って。


 私は姉の人形が欲しかったの。

 私の人形なんて、どうでもいい。

 私の人形は埃をかぶっていて、薄汚れていて、姉のみたいに綺麗じゃなかったし。

 

 だから私は、自分の人形をわざと壊して、涙をこらえながら周りの人にこう言ったの。


「お姉ちゃんに壊された」って。



 お父さんとお母さんは烈火のごとく怒って、姉の人形を取り上げて、壊した人形の代わりにと言って、私に与えてくれた。

 姉は両親から腕を鞭で打たれて、物置に閉じ込められて泣き叫んでいた。



 憧れの人形は、簡単に私の手に入った!



 あの快感は、特別だった。

 初めての経験だった。

 心の底から、喜びが湧き上がってきた。


 今でも忘れられないわ。




 不思議な事に、私が言った事を殆どの人が疑わなかった。

 私が手を握って、目を見つめて話すと、誰もがポーッとして、いう事をきいてくれる。


 私がキライな人を無視したら、皆も真似して無視してくれたし。

 無視されても気にしていなさそうな生意気なヤツは、裏で悪評を流して、他の人間に攻撃させた。



 そうして私が大っ嫌いな人間は、大体しばらくしたら引っ越すなり、学校を辞めたりして、私の前からいなくなった。


 本当に簡単。



 しかも笑っちゃうことに、私には聖女の才能まであることが分かった。


 聖女と認められるギリギリの能力だったから、子どもの時に教会で受けた検査では認められなかったらしい。

 大人になったことで少しだけ能力が上がって、それで基準に届いたんだって。

 そういう子はたまにいるらしくて、16歳になって、教会から再検査を受けてくれっていう連絡があって、ようやく聖女として認められた。



 確信した。

 この世界は私のためにある。

 誰もが私を愛している上に、聖女の才能もあるなんて。



 本当に、王妃になるのも夢じゃないわ。



 ニーナが最後の邪魔だった気がする。

 あいつを追い出せた私に、もう怖いものはなにもない。



 敵がいなくなって、ちょっと寂しくなるかもね。

 だって私、人を陥れるのが大好きだから。

 陥れる相手がいないと、つまらない。


 ニーナは姉が家を出て行方不明になって以来の強敵だったから、追い出した時の快感も強烈だった。

 もう二度と、そんな快感は味わえないかもしれないもの。





*****



 ニーナを追い出してすぐ、早く貴族のお茶会や舞踏会に行きたいとシレジア子爵に言った。


 平民の私だけど、聖女は貴族にだって敬われる存在だ。

 有名な大聖者は、大貴族に「様」付けで呼ばれるくらい。

 だから社交界に出るのにも、何の問題もない。


そうしたらシレジア子爵は、「いいね。じゃあ実績として、クロリスが育てた薬草をお土産に持っていこう! 皆喜んでくれるよ」って言ってくれた。



 良いわね。

 シレジア子爵が開発した、王都で育つ奇跡の薬草。


 それを実際に育てた聖女がこの私っていうわけね。

 すごい。奇跡の大聖女様かも? ふふふ。



 そんなことを考えていたけれど、育て方のコツを掴む前に、薬草園の薬草は、1本残らず枯れてしまった。



 ニーナが残した育て方の指示に従ったのに!


 どういうこと?



「ク……クロリス。今ある薬草は枯れてしまったけれど、気を落とさないで。慣れていないんだから、仕方ないさ。また最初から育てればいいんだ」

「そうですね、シレジア子爵様。頑張ります」



 そう言ったけれど、毎日朝晩、欠かさず聖なる力を注ぐなんて、面倒くさいし、疲れるから、やる気がしない。

 


「シレジア子爵様……おかしいわ。こんなにすぐに枯れてしまうなんて。もしかして、ニーナさんが、最後に毒でも……いえ。まさか、流石にそこまでは、ないですよね」



 私がそう言えば、シレジア子爵は真っ青な顔になって、どこかへ行ってしまった。


 本当にチョロいんだから。

 私はニーナが毒を撒いたなんて、言ってないわよ?

 まさか流石にそこまではって言っただけ。


 これで薬草園なんて、面倒なもの育てなくてよくなったんだもの。

 逆に枯れてくれてよかったくらい。



「クロリス。毎日50人とは言わないけれど、もう少し……もう少し兵たちに回復をかけられないかな?」

「シレジア子爵様。聖女の力は神聖なものなのです。そんなに誰もかれもにかけるものではないんです。本当に困った時だけの力なんです」

「そ、そうか。いやでも本当に、体調がすぐれないみたいで。剣術試合でも全く勝てなくなってしまったし、寝込む者も続出していて……」

「そうですか」



 はあ。面倒くさい。


 ニーナってアホなんじゃないの?

 何バカみたいに、回復かけまくってんのよ。

 聖女の力を安売りすんなっての。

 ちょっと体調が悪いから回復かけてとか、疲れたから今日もよろしくって、風呂屋かっての!



「クロリス。クロリス。頼む……頼むから……」



 もうウルサイ!!


 こんな子爵家、出て行ってやる!

 だからさっさと、社交界に連れていきなさいよ!!

 王子か……せめて大辺境伯あたりに、乗り換えてやるんだから。



「どうすれば……こんなはずじゃ」



 私は特別な女の子なの。

 こんなところで、くすぶっている場合じゃないの。

 


「ニーナ……ニーナはどこに行ったんだ!? ニーナの故郷に出した手紙の返事はまだなのか!?」



 ウルサイ! ウルサイ! ウルサイ!





 なんなのあいつ、ニーナ。

 世界の中心は私のはずなのに、なんでどいつもこいつも、いなくなってまでニーナ、ニーナ、ニーナって……。




 許せない。





 追い出しても、私の周りから消えないんだから、仕方ないわね。





 本当に、この世から消すしかないのかしら。





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