第16話 side 音

スマホが震えたのがわかって目を開ける。

まだ、傷が癒えてなかった。



【帰るね】



琴葉からのメッセージを読んで、急いで起き上がる。


琴葉、行かないで。

琴葉、やっぱり傍にいて。



「ごめん。引っ越し業者だけ待ってなくちゃいけなかったから。まだ、帰れなかった」



スマホのアプリを立ち上げる。



「もう一度言わないとだよね。引っ越し業者にさっき」

「いらない」

「じゃあ、玄関で待たせてもらうね」

「コーヒーいれるからあがって」

「ありがとう」


琴葉の部屋は、ダンボールが山積みになっている。



「ゴミは、ちゃんと持って行って捨てるから大丈夫」

「そんなに、ゴミあった?」

「あっ、うん。ラグとか使えなさそうだしスリッパも、もう汚れてたりとか服もたくさんはいらないかなって」

「置いてていいよ。俺が捨てるから」

「ありがとう。ごめんね」

「いや、いいよ」



キッチンに行って、ケトルに水をいれてスイッチを押した。

琴葉は、いろんな物を泣きながら手放したのだろう。

マスカラが、少しだけ目尻についていた。

コーヒーをいれて、琴葉に渡す。



「ありがとう。いただきます」

「ヘッドフォン捨てていいから」

「えっ?」

「今日持ってきてない所、見たらいらなかったんだって思って」

「ヘッドフォンから音が聞こえなくなっちゃったから。だから、ちょっと休ませてあげてるの」

「休ませたら直ると思ってんの?無理に決まってるだろ」



今までで、一番酷い言い方をしてるのが自分でわかっている。

耳が駄目になって、母と喧嘩した時みたいな酷い言い方だ



「そうかもね。でも、私にとっては大切な想い出だから」

「想い出?大嫌いな想い出の間違いだろ?」

「そんな事ない。大切な想い出だよ」

「何言ってんの?あれつけてたから、通り魔に切りつけられたんじゃん」

「それ……本気で思ってるの?」



琴葉の目にゆっくりと涙がたまっていくのが見える。



「だって、そうだろ?あんなのつけてなきゃ!周りの音が聞こえただろ?」

「あんなのって何?どうして、そんな酷い言葉が言えるの?あれは、私と音の……」

「俺との何?琴葉は、ずっと逃げてるんだよ。雑音ノイズ雑音ノイズがってさ。聞こえるだけいいだろ?その雑音ノイズが聞こえてなかったから、そんな傷をつくる事になったんだよ。わかるか?」



スマホの画面に映る俺の羅列は、醜くて汚くて……。

誰よりも酷いものだ。



「私は、この傷を後悔してないよ。これは、私が望んで出来た傷だから。音に会ってなかったら私は死んでたから」



こんなに酷い事を言ってるのに、琴葉の羅列は温もりを放っている。



「音が私を嫌いなのはよくわかったから。だけど、私の想い出まで傷つけないで欲しい」



コーヒーカップを持つ手が震えているのがわかる。

琴葉の涙がカップの中のコーヒーに落ちていくのが見える。



「音、今までありがとう。私、音と一緒にいれた時間、凄く幸せだったよ。でも、音にはそれが苦痛だったんだよね。美弥子さんが好きなのに私が音を縛りつけちゃってたね。ごめんね」


何で、そんな優しい羅列を並べるんだよ。

俺は、琴葉を傷つけてるのに……。



「美弥子さんと幸せになってね。私は、もう大丈夫だから……。音のお陰で、雑音ノイズも聞こえなくなったから」



嘘だ。

琴葉の浮かべる嘘の笑顔に嘘をついてるのは、すぐにわかった。

消えていたはずの雑音ノイズが、また聞こえるようになったんだ。



「コーヒー、ごちそうさま。あっ、やっぱり玄関で待つね。ここで、待つのよくないと思うから」


言うな。

これ以上、琴葉を傷つける事を言うな、俺。


「ペアで買った食器、いるなら持っててくれない?いらないなら、捨てるから」

「あっ、そうだよね。捨ててくれていいよ」

「だよな。新しい男との間に俺と使った食器なんていらないもんな」

「そんな人いないよ」

「いずれ出来るよ。耳が聞こえるやつは、聞こえるやつと一緒にいた方が幸せなんだからさ」

「音がそう感じたなら、そうかも知れないね。私は、音の気持ちわかってあげられないもんね。ごめんね。わかってあげられなくて、ごめんね」



何で、また琴葉を傷つけるような事言ったんだよ。

黙れよ、俺。

もう、話すなよ。



「さっさと俺の事忘れなよ。早く結婚しなくちゃ、子供だって産めなくなるわけだしさ」



殴っていいよ、琴葉。

俺を殴っていいから。



「そうだね。女の人には、タイムリミットがあるって聞くからね。じゃあ、行くね。忠告してくれてありがとう」



泣きそうになりながら琴葉は、出て行った。

最低だ。

最低だ。

俺は、世界で一番最低だ。

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