第15話 side 音
「トイレ、トイレ」
「えっ!待って、待って。どっか寄るから」
「だから、ラムネ飲んじゃ駄目だって言ったでしょ?ごめんね、お姉ちゃん」
「いいの、いいの」
父の車から、離れないように走っていた母の車は愛子ちゃんの言葉にコンビニに寄った。
この時間がなかったら、もしかしたら俺達の未来は変わっていたのかも知れない。
「もう、愛子。ラムネは、もうないからね」
「はーーい」
叔母さんは、愛子ちゃんを連れてトイレに行く。
「音は、トイレは?」
「行っとく」
「何か飲む?」
「紅茶」
「ロイヤルミルクティーでしょ?」
「うん」
俺もトイレに行って、母はみんなの飲み物を買った。
「やっぱりお母さんもトイレ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「愛子、ジュースばっかり飲んじゃ駄目よ」
「はーーい」
母が戻ってきて出発した。
父から、連絡が来て山道を抜けたからと言われた。
山道をくだった先にある温泉旅館。
コンビニから出る時は、晴れていたのに、母が山道を走る頃には雨が降り始めた。
「雨だね」
「本当だね」
「ねぇ、ねぇ。ママ。あいちゃん、雨の音好きぃーー。音兄ちゃんは?」
「俺も降り始めは好きだよ」
「同じだね。どこにいても雨降ったらあいちゃんとつながってるって事だよーー」
「愛子は、本当に音君が好きね」
「だーーいすき。音兄ちゃんの声が一番だーーいすき」
「ははは。声かーー。ありがとう」
「うん。音兄ちゃんの声は、優しくてだーーいすき」
「ありがとう、愛子ちゃん」
「よかったね、音」
「本当にすごく嬉しい」
降り始めた雨は、俺達の運命を飲み込んだ。
「ここ登って、下った先に温泉があるよ」
「もうすぐだね!愛子」
「温泉、温泉」
「楽しみだなーー」
「なに、何よ。このトラック……」
「母さん、どうしたの?」
「追い越し禁止なのに、何で来るのよ」
「母さん、危ないよ。どうにかしなきゃ、母さん」
「わかってる、わかってるから音」
反対斜線にやってきた車と俺達を追い越そうとしたトラックと俺達の車がぶつかり。
俺達の車は、後ろに押し出される形で坂道を転がって行く。
トラックが崖を落ちて行くのが見える。
俺達の車は、横転した。
目を覚ました時には、病院のベッドの上にいた。
白い天井をぼんやり見つめるしか出来なかった。
しばらくして、父と姉がやってきて。
何かを言いながらボロボロと泣いていた。
次の日、俺はベッドを起こしてもらえた。
姉が必死で何かを話してくれるけど、俺には何も聞こえなかった。
退院する頃には、症状は少しだけ戻っていたけれど……。
医者の話では、事故をした時に両耳を強く打った事により耳から大量に出血していたらしい。
左耳には、割れたガラス片が入っていた事もあり、取り除くのが大変難しかったという。
母と叔母さんは、胸骨の骨折や腕と足を骨折した。
俺は、骨折は免れた。
愛子ちゃんは、横転した拍子にシートベルトが外れ、車外に投げ出され即死だったという。
叔母さんにお別れをさしてあげたいと望んだ叔父さんは、遺体を長く保管できる期間に依頼してくれていた。
二週間後に車椅子で、動けるようになった俺と母と叔母さんは愛子ちゃんとの最後の別れをする事が出来た。
「返してよ、愛子を返してよ。姉さん、お願いだから返してよ。あぁーー、あぁーー」
鼓膜が修復して完全ではないものの聞こえが回復した俺の耳にその言葉が響く。
「
「わかってる。わかってるわよ。そんな事……。でも、誰を恨めばいいのよ」
叔母さんの悲痛な叫び声が、耳の奥に響いている。
避けようがない事故だった。
隣にいた俺もわかってる。
だけど……。
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「音君の聴力は、この先、どんどんなくなっていきます」
退院して一週間後の病院での検査結果を先生が告げた時、俺も母を恨んだ。
「何でですか?息子の鼓膜は戻ったんですよね」
「確かに、鼓膜は戻りました。でも、音君が話されている耳鳴りだったり、遠くで誰かが話してる感じがするとかいう話を聞いて、詳しく検査をしてみたところ。やはり、鼓膜だけの損傷ではなく耳の中にある骨が傷ついていた事、頭部を殴打した事により……」
先生の声が聞きたくなかった俺は耳を塞いだ。
母は、先生に怒っているようなのがわかる。
話終わったと思って、耳から手を離した時だった。
「残念ながら、治療方法はありません」
その言葉だけがハッキリと俺の耳に届いた。
「結構です。他の所に行きますので」
母は、治す方法を探してあちこちの病院に俺を連れて行った。
「無理なんだよ。何度、同じ診断を聞かせるんだよ。もう、やめてくれよ」
「あんたもお母さんを恨んでるんでしょ?わかってるのよ。こんな耳にしてって言いたいんでしょ」
「違う。そうじゃない。これ以上、耳が聞こえなくなるって診断を聞きたくないだけなんだよ。母さん、わかってよ」
「わからないわ。わかりたくない。五体満足にあんたを産んだのよ。なのに、聞こえなくなるなんて信じたくないわ」
母は、俺より悲撃のヒロインだった。
耳が聞こえなくなる事は、許せない事だったのだろう。
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ブブッ
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