少し怖い君に、振り回される

桜田実里

第1話 クラスメイトの君に、振り回される

「ゆ、湯山ゆやまくん」


 突然だけど私は今、プチピンチに襲われています。


 現在の時刻は4時過ぎ、つまり放課後。教室に人はいない、静かな時間。

 あ、でも、誰もいないわけじゃない。もちろん私がいる。それに……。



 私の後ろの席の湯山天新ゆやまてんしんくん……と、教室に二人っきり。

 湯山くんは、私が少し気になっている人。少し怖いけど、優しい。



 今日は二人で日直。だから私は今、日誌を書いていたんだけど。

 日直の欄に、その湯山くんの名前がないことに今更気が付いたのだ。


 私が頑張って筆跡を似せればいいのだけれど、それはちょっと嘘をついているみたいで良心が痛む。それにきっと、提出したときに担任の先生にバレると思うし。


 それで私は、湯山くんにしっかりと名前を書いてもらおうと思ってたんだけど。

 当の本人は、自席で気持ちよさそうに寝ていたのだ。


「あの、湯山く~ん……」


 もう一度名前を呼ぶけど、だめだ。全然起きる気配がしない。


 というか湯山くん、部活はどうしたんですか。

 外から陸上部の練習をしている様子がちらりと見える。陸上部所属の彼は、サボりといったところか。


 そしてプチピンチ、とか言っておいてこの状況に胸を高鳴らせている自分が醜い。

 ちょっとどきどきしている、なんて。


 肩を叩いて起こしてもいいのだけど、男の子にそんな気軽なことができるほど私は大胆じゃない。そんなことしたら不快にさせること間違いなし。



 ……だって、湯山くんは私のこと好きじゃないから。

 好きの反対は無関心。人によっては軽いけど、私にはちょっと難しすぎる。

 無関心から好きにさせることもできるけど、それは逆に、無関心から嫌いにさせることもできるということ。


 私の場合、変に深く関われば嫌いになられてしまうこと確定だ。


「ん、ん~」


 あ。

 小さくうなり声をあげながら、湯山くんは身体を起き上がらせる。

 まだ、眠そうだ。だけど……ここは。


「あの、湯山くん」

「ん、なに」


 寝ぼけているのか、信じられない距離でバッチリ見つめてくる。


 心臓が、うるさい。

 聞こえちゃうと困るから、静かにしてて。

 お、お願いだからっ。


「日誌に、名前、書いてくれないかな……?」


 脈打つ鼓動の速さと同じくらいの調子で震える声。

 ……だけど、湯山くんは答える気配もなく黙り込む。


 も、もしかして、私の声が小さすぎて聞こえてなかった?

 そう思ったとき、湯山くんはやっと口を開いた。


「ん~書いといてよ」


 すると、用事を終えたかのようにまた机に突っ伏して寝息を立て始めた。

 時間かけたのに、結局私が書くことになってしまった。


 完全に私は、湯山くんに振り回されている。




 湯山天新くん。先日7月の初めにクラス全員から盛大に誕生日を祝われて17歳になったクラスメイト。

 制服を着崩しまくって、雰囲気は怖くて口調も激しいけど、責任感の強い性格でクラスのムードメーカー。


 対して私は、クラスではあまり目立たないほう。湯山くんとはまるで真逆の存在だ。


 じゃあなんで、好きになったんだろう。関わればいいように使われて、振り回されるだけだって、分かってるのに。



 私は後ろに向けていた椅子を引いて元に戻し、日誌を開く。


 うん、できるだけ筆跡を似せて書いてみるか。

 私は再び、シャーペンを握る。


 心臓のどきどきは、落ち着きを取り戻していった。



 ―――――――――――――――――――



砂苗さなえ~、いる~?」


 十数分かけてやっと書き終わった名前。

 日誌を閉じて席を立ちあがったとき、教室のドアががらりと開いた。

 そして、私の名前を呼ぶ聞きなれた声。


「あっ、みなみちゃんっ」


 現れたのは、私の友達である湖出南こいでみなみちゃん。

 もしかして、私が知らないうちに待っていてくれてたのかな。


「ご、ごめんね。ちょっとまってっ」


 私はあわててペンケースにシャーペンと消しゴムをしまい、それを入れたカバンを肩にかける。

 それから、机の中に忘れ物がないか確認して―――。

 最後に日誌を持った。


 ゆ、湯山くん、また明日っ。


 心の中で呼びかけつつ、小走りで席を離れて南ちゃんのもとへ行く。


「っ、はあっ。お、おまたせ……」

「いやいや、そんな息切れで言われても。大丈夫そ?」


 長くてさらさらのポニーテールを揺らしながら隣を歩く南ちゃんが、私のほうを見る。


「あ、うん、大丈夫!!」


 階段を一段踏み外してよろけそうになりながらも、そう力強く答えた。


「転びそうになってる人に言われても、説得力ないんですけど~?」

「あ……ごめんなさい」

「ふ、なぜ謝る」


 キメ顔をして言う南ちゃんに、私はふふっと笑みがこぼれる。


「そういえば南ちゃん、部活は?」

「今日はミーティングだけだったんだ。さっき終わってさ、この時間なら教室に砂苗、残ってるかなーって」

「そうなんだ」


 南ちゃんは女子バレー部所属だ。

 身長は私よりも2センチほど高くて、たしか……158センチだったかな。身長はあまり高くないけど私なりに頑張るって、入部するときに言っていた。

 私は、南ちゃんのそういうところがすきだなあ、なんて。


「砂苗それ、日誌。残って書いてたの?」

「えっと、うん」


 内容を書いてたというよりかは、湯山くんの名前を頑張って似せて書いていた、というほうが近い。


「でも終礼前に、もうすぐで書き終わりそうって言ってたよね? にしては30分って、時間かかりすぎじゃない?」

「あ……う……」


 痛いところを突かれてしまった。

 日記を届けるために職員室へ向かう間、私は放課後の出来事を話した。


「だから時間かかったの? もーまじめだなあ砂苗は。それで勇気出して声かけたのに、あいつ、"書いておいて"だと? てか湯山寝てたの? 砂苗困らせてる暇があったらとっとと名前書いて部活行けっつーの」


 口をとがらせて地面を蹴る南ちゃん。


「砂苗、振り回されてばっかじゃん。……それでも、好きなの?」


 南ちゃんは私が湯山くんを好きだってこと、知ってる。

 私は両腕に日誌を抱えながら、ゆっくりうなずいた。


 関わったら不憫なことばっかで、普通なら嫌いになるのに、好きになってる。

 自分でも、おかしいってわかってるんだ。


 君が私のことをただのクラスメイト程度にしか思ってなくて、私を好きになんかなるはずないのに。


 そこまで、全部全部わかってるのに、好き。



 ―――――私は勝手ながら、クラスメイトの君に、振り回されている。

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