Less than Zero or More
判家悠久
- Lake Baziskatarnos -
第1話 三沢管理空港
まさか、俺にか、それは。
酷くありがちな話だが、何故こういう成り行きになったか、冷静に状況をつまびらく。
◇
2031年初夏。津軽海峡にはロシア艦隊、関門海峡には中国艦隊が同時に突入する。勿論演習目的と、その日の早朝に日本国に報告されるも、両艦隊は都合7日間海峡に止まる。
気の早いマスコミは領海侵犯と激論になるが、時の野党政権の対応がまずかった。交渉チャンネルが無く、直ちに領海外へと促す事が出来なかった。
勿論、自衛隊と在日米軍にも緊急各種警報が鳴るが待機だった。これは両ばさみの陽動と見立てたからだ。
このただ見守るしかない状況で、日本の物流は断線され、小さきから大きなパニックになり、全日本国民の買い占めが始まった。両艦隊がいつ出て行くなんて、当時は知る由も無かったからだ。
当然、野党政権は世論にこき下ろされて挫折し、自ら解散総選挙で再出発と謳うも、舞台から降りたいのは明白だった。そして保守党政権が満を辞して復帰する。国政は、国際情勢は牽制のし合いに明け暮れる。誰が味方か敵か、日本が今もなお経済大国だったら、味方しかいなかった筈だ。
その間、日本国では交通網大改革が打ち出される。北海道と九州沖縄のルートを補完すべく、航空便が5倍に増便される。それに伴って、日本国全ての空港の滑走路の追加工事が盛んになり、大きなバブル景気が来た。資材も人件費も上がって行くが、それは必要な歳出だった。
財政出動で景気は良くなった。しかし、その反面、日本国はいつ戦争に突入しても不思議ではない、奇妙な高揚感が包む。
◇
そして現在2051年。そんな環境で、俺南小路孝信は育ち、自衛隊に入隊する。これは誘いもあっての選択肢だった。いや、誰かを守りたい意義が日々強くなり続ける。
今こうして、拡張された三沢管理空港管理棟4階の室内展望室から、ひっきりなしに飛ぶ、民間航空機を見届ける。
そう今の俺は、海上自衛隊所属で多目的護衛艦実質空母いずも改魁の垂直離着陸機F71BJの操縦士事シェイカーだ。
何故、三沢管理空港にいるかは。航空機が海峡通過する時に、自衛隊規範で戦闘機2機が護衛につかないといけない。ただ、地上基地がやむ得ず全機スクランブルで出動したら、海上部隊に権限委譲され、俺達バディが航空機の警護に入る。海上空母運営ではよくある職務だ。
初夏迄もう少しの柔らかな日差し中。そこはかとなくペットコーヒーで佇んでいるが、これも職務で、空港警邏も職務の一環だ。不審者がいないかどうか。建前なのだが、この間に次の命令を待つ。命令が無ければ、海上隊員の茶菓子を買い込んで、多目的護衛艦いずも改魁への帰投になる。やや平和はいい事だ。
そして、バディの丹羽重成が目じりが下がり話し掛ける。
「怪しいな、あの美人外国人女性2人、きっと誰か待っているな。職務質問しないとな」
「またかよ丹羽、職務中にナンパして良いのかよ」
「南小路孝信一等海尉、これは職務で有り、ロシア系美人とは懇意にはすべきだ。真の平和とは、些細な毎日からと、薫陶とすべきである。てね」
「丹羽重成一等海尉、それは大変意義のあるもので、職務を存分に果たすべきだ。と言えばいいだろう」
俺達は阿吽の呼吸でベンチから立ち上がり、青の航空服に白の警邏の腕章を付けて、飽きる事なく航空機の離発着を眺めている女子二人に近ずく。警邏中です、ご協力をお願いします、と前置きする。
やや明るい黒髪の外国人女性二人は、ネイティブな日本語発音で、就労ビザを見せる。ロシア国籍ターニャ・スワロフスキー、スウェーデン国籍アルヴァ・ヨハンソン。
国籍に驚きも何もない。こんな光景、チャンポン感が強いのは、現在の日本が慢性的な人材不足で、超積極的に外国人労働者を受け入れないといけないからだ。
丹羽は、ハニカミ顔が素敵なアルヴァに食らいつく。俺は止むなしで、ハニーな美人ターニャと話しこむ。丹羽は基本大モテするので、脇をせいぜい固め、俺に美人を対応させる。バディならではの華麗なパスだろう。
そしてターニャと話し込む内に、航空機大好きで何より鶴丸航空の白い旅客機は堪らないものらしい。それが高じて、お休みの日は日本中の飛行場で航空機見物していると。相当な熱量だ。ただ。
「そうね。やたらめったらに見ない小鳥系のF71BJも可愛いけど。一押しは、それはもう、鶴丸航空の白いホワイティング818素敵だなって。ままラベリングしてる機体あるけど、そういうの求めてないのよ。そう思わない。何より、故郷のホワイエリナスを思い出すのよね。こう優雅にバサバサって、」ターニャは、職業バレエダンサー故に、両手を華麗に舞う仕草をする。
「ターニャさん、ホワイエリナスとは、まるで生き物みたいですよ。でも素敵な表現ですね」
「そうか、アースにはそんなフライドラゴンいないよね。そう、これは擬人化、私にはそう見えるのよ、ふふ」
「でも、素敵な舞踏ですね」
「ありがとう。初対面で褒めるなんて、南小路さん好感度高いわ。そう、良かったら、お店にも来てね」
ターニャは名刺を取り出し、名刺に口付けしては、丁重に俺に差し出す。名刺は三沢のキャバレー:グランギニョールに勤めているらしい。バレエダンサーがキャバレーか。今の三沢は、青森県で一番繁栄しており、美人は勿論、個性的な人材も集まるからなと、改めて感心した。
何よりは、俺を観察していた丹羽が歓喜する。まじか孝信モテるのか。ほっとけ。
俺達は図らずも、ターニャの口着け入りの名刺を穴が開くほど見続けている。するとターニャが、もうと言いながら、こっちも見てとクラシックバレエを披露する。そして相方のアルヴァもノリが良く、ターニャに続き舞う。
そのバレエダンスは、自然に、三沢管理空港の室内展望台は二人のステージになり、皆が釘付けになる。
美しいが、言い表せない違和感。飛行機乗りっぱなしの俺達だからこそ感じる、これ。バレエって、ここ迄肉体に束縛されないしなやかさなのか。人体が重力を回避する舞とは、一体何か。
アルヴァもそうだが、ターニャの関節は一際、やたらに柔らかく、舞の幅が広がっている。これは魅了しかない。
そして、舞っている二人同時に対面で最後の止めを見せると、三沢管理空港の室内展望台は喝采に包まれる。丹羽が拍手しながら、俺に行け行けと肩と肩を小突くので、ブラボーと叫ぶ。ターニャは忽ち破顔し、俺に3度のカーテンコールのお辞儀をする。
この華やかな出会いこそが、俺とターニャの絆をより深めた。いやターニャは楔の打ち方を知り尽くしている。でもそれは、昔も今もまるで嫌いではない。
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