リサ@古代人

左原伊純

リサ@古代人


 リサは電子端末にカードをかざしてアプリを開いた。

『グラマー』というSNSで、140字以内の投稿をする事ができ、さらに写真や動画を添付できる。


 リサはタピオカ屋の行列に並ぶ。若い女性ばかりかと思いきや筋肉ムキムキのお兄さんがたくさんいる。ラグビー部のようだ。

 ジェネレーションギャップだと、リサは肩を竦める。


「おばちゃん! PBB一丁!」


「ミルクは?」


「鬼盛りで」


 今の時代にタピオカなんて死語を使うのはリサだけであり、『プリティブラックボール』というのがタピオカの正式名称だ。


 PBB屋のおばちゃんはずれたバンダナを直すとブラックボールを豪快に投げるようにジョッキに入れた。そしておじさんが高所から滝のような勢いで紅茶を注いだ。


「はいブラックボール」


「うぃーす」


 ラグビー部がブラックボールをグビグビ飲みながら歩いて行った。

 いやー時代の移り変わりは凄いわと、リサはつい笑った。


『グラマー』にピコっと通知が行き渡る。


『エリザベス@古代人』


『プリティブラックボールの古代の名前はタピオカっていうんだよ! タピりました』


 顔とほぼ同じ大きさのジョッキを胸元で抱えて上目遣いになるリサの写真。


『古代人のネーミングセンス』


『逆に似合う』


『リサ可愛い! 今時の子に負けてない』


 グラマーに届くたくさんの『投げ返し』を見てリサは頬が緩んだ。


「やだー。今の子に負けてないとか! お世辞でも嬉しすぎ」


 うきうきしたリサはフォロワーが千人を突破した事に気が付きさらにはしゃいだ。


『みんなー! フォロワー千人ありがとう!』


 すると思わぬ返信が返ってきた。


『フォロワーってなあに?』


『古代語?』


 どうやら今時はフォロワーと言わずアラウンダーというらしい。


「うわ、やば……」


 知識をアップデートしないと……。



 リサは今日も電子端末にカードをかざしてグラマーを開く。


『商店街にきてまーす!』


 ありきたりな『投げ』をして『投げ返し』が来ないだろうかとわくわくして待つ。

 ピコピコっとたくさんの投げ返しが来て、リサは浮かれてカードをかざした。


『ついでに洗剤買ってきて。商店街の小屋にお金を置いとくから』


『シャッターに絵を描いてるんだけど手伝ってくれない?』


『私の代わりに荷物預かってくれる? 報酬はプリティブラックボール1ダース』


 リサは一旦カードをしまい、腕を組み唸った。


「今時の人達、強い奴ばかりかよ……」



 今日はリサ@古代人がライブ配信をする。グラマーのアラウンダーから教わった動画配信のSNS『イマミロ』に挑戦だ。


『リサちん、何の配信すんの?』


『絶対見る! 今日は雨だから仕事が休みなんだよ』


 リサは配信の準備をしながら投げ返しに感心する。


「雨で仕事が休みになる時代になったか……」


 リサは青のドレスと帽子を被ると黒の宝石のアクセサリーをつけた。手は白の手袋だ。その姿でカメラを起動すると、投げ返しが大量に来た。


『本当に古代っぽい!』


『綺麗だね!』


「綺麗って言ってくれてありがとー! 古代のリサだよ!」


 わーっと手を振ると白手袋の上品さを褒める投げ返しがたくさん来た。


「今日は古代の貴族の遊びをします」


 リサはティーポットから紅茶をカップに注ぐと、その隣に食べ物が乗った三段の皿を置いた。


 一番上の皿にスコーンが乗り、真ん中の皿にケーキ。下の皿にサンドイッチが乗る。三枚の皿は綺麗な支柱に支えられている。


 スコーンにクリームをつけてカメラに近づけるとおいしそう! と投げ返しのテンションが上がった。


「アフタヌーンティーって言うんだよ」


『作り方教えて!』


「もちろん! 今からキッチンに移動するので一からスコーンを作るからね」


 カメラを持ちながらキッチンに移動する。


 そして材料を紹介していると、カメラを直そうと気が散った瞬間に小麦粉を溢してしまった。げほ、と咳をするリサを心配する投げ返しが来た。


「けほ、大丈夫……え?」


 リサが返事をするともう投げ返しは無かった。うっかりカメラを止めてしまったかと確認したがカメラは動いている。


 誰からの投げ返しもなく、リサは小麦粉まみれのキッチンで立ち尽くした。


 やはり今の人の真似は出来なかったかな。

 ほんの少しの寂しさを感じる心は健在だ。


 その時。

 ピンポンピンポーン、と家のチャイムが鳴り続けた。


「リサちん大丈夫?」


 お客さんがおよそ百人来た。


「さっきまで配信見てたんだけど、きちゃった!」


「ついでにここで晩飯食べるわ。わいもお焼き作るし」


 みんなが見捨てないでくれて本当に嬉しくて、リサは涙が出た。


 だけど、やはり今時の人は違うなあとも思うのだった。



『リサ@古代人

 古代イギリスのティーパーティー! 私は女王様。みんなは貴族だよ!』


 皿の上にスコーン、ケーキにサンドイッチ。それらはリサのレシピだがそれ以外はアラウンダー、いや、リサの友達が作ったものだ。


 お焼きの皿と桜餅、そしてイカの塩辛が三段になっている。スコーンに付ける物をクリームとジャム以外にも作ってくれて、醤油ホイップが並ぶ。


 プリティブラックボール屋のおばちゃんがメイドに、おじちゃんが執事になった。


 リサ@古代人のティーパーティーが評判になり、アラウンダーが一万人を突破した。




 SNSが出来るほど人類が発展したのは久しぶりだから楽しいな!

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リサ@古代人 左原伊純 @sahara-izumi

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