第12話

劇団時計坂の一般公開の日が来た。

これは入団者募集の為である。

日曜日だったのもあり、心結は練習を見に行った。

見せるのは喜怒哀楽の表現だ。

1人1分の劇である。

不思議だ。同じテーマなのに、1人1人内容が違う。

暖希の番が来た。

心結は暖希の演技を見るのは初めてだった。

「えっ?」

それまでの無表情から一転、顔が喜びに包まれている。

喜怒哀楽の喜だ。

「本当に沙知ちゃんが村上の事を⁈良かったな、村上、お前ずっと好きだったものな。えっ?本当に喜んでいるのかって?当たり前じゃないか!」

今度は怒だ。

心結はその顔に釘付けになっていた。

声はよく通り、表情は場面毎にクルクル変わって、心結は1分間惹きつけられっぱなしだった。パンと手を叩いた音で漸く我に返った。


「心結ちゃん来てたのか」

演技稽古が終わった後、漸く暖希は心結に気が付いた。

「うん」

「どうだった?」

「凄かった。なんか圧倒されて…… 」

「そうか」

もう暖希はいつもの穏やかな顔に戻っていた。

「来てくれてありがとう」

暖希は柔らかな笑顔を見せる。

その時、胸がドキンとした。

「お、お母さんが気にしてたから」

「大丈夫だよ。もう次のオーディションの話もあるし」

「どんなオーディションなの?」

「河内恵の弟役のオーディション」

「凄いじゃない!河内恵ってあの人気女優でしょ?木曜のドラマに出てた」

心結は興奮していた。

「そう。だから頑張らないとな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る