さくら荘
水島あおい
第1章 恋の名残
第1話
春は進学、進級、出会いの季節なんて言うけれど、此処さくら荘では全く変わりはない。
1階の台所のテーブルに付いている顔はいつもと同じだ。
右から売れない俳優でバイトに明け暮れ、オーディションを受けまくっている春名暖希(あつき)、19歳。それから趣味は城巡りと言うサラリーマンの長谷部真は24歳だ。向かいに座ってるのは小説家志望の泉野千織。23歳になる。その隣が浪人生の岸田優文。19歳。
いつも通りの朝、豆腐とわかめの味噌汁を飲みながら食事を進める。
「お母さん」
長谷部が言った。
お母さんというのは此処、さくら荘の大家の佐倉佳寿美の事だ。
「何だい。真ちゃん」
「今日、残業で遅くなるので、晩御飯はいいです」
「とか言って、本当はデートじゃないんですか?」
岸田が揶揄うように言った。
「そうだといいけどね…… 」
長谷部はそう言って暗くなる。
「春ですし、いい出会いがあるかも知れませんよ」
暖希がさり気なくフォローする。
「無理無理。彼女欲しかったらまずはその背負っている根暗オーラを消さないと」
泉野千織が言った。
ちなみに千織は男性である。
23歳だが、どうしても小説家になりたくて作品を書き続けている。普段の生活はバイトだ。
「暖ちゃんは次のオーディション決まってるの?」
大家が鯖の塩焼きを食べながら言った。
「はい。来月に」
「頑張ってねー。暖ちゃんは顔もいいし」
「このくらいの顔なら幾らでもいるんじゃない?」
佐倉心結(みゆ)がそう言いながら出し巻き卵を食べる。
心結は大家の娘でショートカットで快活なイメージの子である。
現在高校1年生だ。
「またこの子は。どうしてそう突っかかるんだい」
「別に。ご馳走様」
心結は立ち上がると、食べ終わった食器を流し台の上に置いた。
「行って来ます」
心結は鞄を掛けると、玄関まで歩いて行った。
そしてガラス戸を開けると外に出たのである。
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