第2話 誰よりも私を見て
心を落ち着けるために近所の公園や店屋を20分ほど散歩して再び自宅に戻る。
「あれから幻覚を見ることもないし多分大丈夫だろ」
深呼吸をして扉に手をかけて今度は勢い良く開くと、今度はリビングで空が顔を赤面させ美しいボディーラインを描く高身長の白の下着姿でこっちを見ている。
うん、きっともうこれは治らないタイプの幻覚なんだ。
そのまま心療内科を受診しようと扉を閉じようとすると、彼女が顔を赤面させながら凄い勢いで走って向かって来て手首をガシッと掴む。
「なんでさっきから私の顔を見るたびに逃げようとするの!」
「え、えなんで掴まれてんの!?」
反射的に振り払おうと扉を開けるとさらに顔を赤くして叫ぶ。
「さっきから話そうとすると逃げるからでしょ!手か早く扉閉めてこんなの撮られちゃったら一時休業じゃなくて引退しなきゃいけなくなっちゃうから」
「幻覚じゃない?」
俺の目の前にいるのは幻覚でも何でもなく、もう手の届かない幼馴染の空なのか。
「何を訳の分からないことを言ってるのかな、本物なんですけど!だから早く扉を閉めてほしいな」
ようやく事態が飲み込め急いで扉を閉めて鍵を掛け、彼女の方を向き、互いにぜえぜえと息を切らし、肩を揺らす。
「おい、こんな所で何やってるんだよ!」
「せっかくお仕事休めたから林也くんに会いたいなって」
「会いたいなってお前らのグループどんどん成長してる所だろ。こんな所でこんな格好で男と会っているのなんてどこかで撮られでもしたらどうするんだよ」
彼女の休業が大きく報じられたのは、グループ自体の人気が大きいのもあるが彼女の人気がグループ内でも徐々に上がって来ていて注目を浴びていたのもある。
こんな所で冴えない男に会っている場合じゃないのだ。
「私がそれでも会いたいなって思ったんだからいいじゃん。そもそも1回目に出迎えた時にそのまま出ていかなきゃこんなことにならなかったのに」
彼女は綺麗で可愛い顔を恥ずかしそうに赤らめ、視線を下に向ける。
一緒になって視線を追いかけ慌てて手を離すと、彼女は一歩二歩と下がって手で体を隠す。
「それはえっとごめん。まさか又こんな風に空に会えるなんて思ってなかったから」
「私もだよ。でもまた会えて嬉しいな」
「俺も嬉しいよ。てかそもそも何で家にいるんだ?」
彼女とは小学校の頃にはもう別れていて、スマートフォンを手に入れた時にはもう気軽に会話できる関係では無かったはずで彼女が俺の家を知っているはずが無いし、家には鍵が掛かっていたはずだ。
「種明かしするのはいいんだけど、取り敢えず服着て来ていいかな?」
「ああ、悪い気が回って無かった」
リビングにいそいそと入って行き俺の目に入らない所で着換えを始める。
「私達の親って仲が良いじゃん」
「まあそうだな」
俺らが家が近くて自然と仲が良くなると、父も母も互に仲が良くなり昔は家族ぐるみで遊びに行ったことも少なくない。
「久しぶりに会いたいってお母さんに言ったら、林也くんのお母さんがここの合鍵をくれてね」
「なんで息子の家の合鍵をなんの断りも無く勝手に渡すんだよ!」
「空ちゃんが定期的に来てくれた方が安心出来るって」
「思春期男子のプライバシーを舐めるな!言い訳あるか!」
「それでどうせならいきなり行って驚かせたらって」
「何を考えてるんだアイツは!」
昔から母は何を考えているのかよく分からない人だった。
ピザが食べたいと言ったかと思えば庭にピザ窯を作り始めるし、旅行に行こうと言ったかと思えばその日のうちに飛行機に乗せられこともしばしばで全く行動が読めない。
「それはそれとしてなんでお前はメイド服なんだよ」
「せっかくこの家に住ませて貰うんだから家事くらいやらなきゃじゃん。
そしたらまずは格好からしっかりした方がいいのかなって」
「そんな格好はしなくていい、ってゆうか家に住むの!?」
「住むよ?もう私と林也くんの親からのは許可貰ったし」
おいおい何考えてるんだ、年頃の男子と女子を一緒の部屋にしていい訳ないだろ。
なんだ俺ってそんな男として見られてないのか?
「やっぱりちゃんと一度普通の学生をしてみてから今後どうするか決めようと思ってさ、林也君の学校通うのにこっから方が近くていいんだよね、なんかあっても林也くんがいるから安心だし」
「うちの学校通うの?」
「うん、どうしても芸能学科だと雰囲気が違うからね」
「いつから?」
「来週から卒業まで」
「ホントに?」
「ホントにホント。それに私噓ついたことないよ」
「いやさすがにそれは噓だろ」
憧れの幼馴染と学校に通えるとかどんな幸せだよ、多分一生分の運使い切ったな。
多分これ夢だ、あまりにも都合がよすぎる。
内心のドキドキと高揚感を押さえて悟られないように会話を続ける。
「噓じゃないでーす。あともう入って来ていいよ」
リビングに入ると散らかってた雑誌や漫画が全部片付いており、棚に綺麗に戻されていた。
「うわめちゃくちゃ綺麗じゃん」
「一人暮らしだからって羽目を外し過ぎだよ」
「誰にも怒られないからついな」
「あとうちのグループのCD持っててくれたんだね」
棚の一角を指さすと彼女のグループの物がひとまとめにされていた。
「まあな、友達が頑張ってるんだから応援しなきゃと思ってな」
「ライブとかも来てくれてたもんね」
「バレてたか」
なるべく目立たないようにしてたけど、最初の頃はあんまりお客さんいなかったから流石にバレてたか。
「あの時は目の前にいるのに話せなくて辛かったなぁ。握手会にきてくれれば良かったのに」
「それはそのあれだ。空がボロを出すといけないからな」
「そんなことしないよ」
ぷくっと膨れっ面を浮かべポコポコと俺を叩く。
なんだこの幼馴染可愛すぎだろ、今すぐ国の天然記念物に指定して保護するべきだ。
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