ストーカーを撃退せよ3

「これは最初で最後の警告だ。レイに2度と近づくな。今回は警察にも言わないでおいてやる」


 マサキがストーカー男の指を負ったのは警告のためだった。

 警察に引き渡すことだってできるが下手に逮捕されたとなると逆恨みするかもしれない。


 一応攻撃されてから反撃したのでマサキに言い訳をする余地はあるけれどマサキとレイは覚醒者なので多少話がややこしくなってしまう可能性がある。

 今は恐怖を与えて、いつでも警察に突き出せるという不安感を常に持たせておこうと思った。


「ひ、ふぁ……」


「聞こえなかったか? ならもう一本……」


「分かった……! も、もうレイには近づかない! これまで撮った写真も全部消すから! …………ひっ!」


「それでいい」


 マサキが肩に手を伸ばしてきてストーカー男はびくりと体を震わせた。


「もう行け。レイの視界にお前が映るようなことがあってみろ……その時は命はないと思え」


 静かだが重みを感じるマサキの言葉にストーカー男は何回もうなずきながらはうようにしてその場を逃げ出した。


「情けないな……」


 好きならばもっとやり方があるだろうと思う。

 つけ回して恐怖を与える必要なんてないはずなのだ。


 なんにしてもレイのトラウマとなった出来事は変わった。

 覚醒する前に襲われるはずだったレイはそうしたことにならずストーカー男を撃退した。


 多少嫌な思い出はあるかもしれないが回帰前ほど辛いトラウマにまではならないだろう。


「マサキさん!」


「ん?」


 これがどんな影響を与えるか。

 ぼんやりと考え事をしているとレイが悲しげな顔をして駆け寄ってきた。


「私のせいで……ごめんなさい」


 今度はレイがハンカチを取り出してマサキの腕に押し当てた。

 ストーカー男の包丁をわざと受けた傷は痛みなんて忘れていたし、血も固まりかけていたけどレイは心配したような顔をしている。


 こんなことなら傷を受けなくても良かったなと思う。


「これぐらい平気だよ、ありがとう」


「平気じゃないです! 早く行きましょう。ケガの治療をしなきゃ……」


 マサキも覚醒者である。

 多少の切り傷などそんなに気にすることでもないのだけど、少し怒った顔をするレイに引きずられるように家まで連れてこられた。


「いてっ!」


「平気だっていうなら少しぐらい我慢してください!」


 消毒液を染み込ませたコットンを押しつけられて圭は顔を歪める。

 傷口よりもそちらの方が痛い。


「もう……あんな無茶しないでください」


「……またあんな場面があったら俺は同じようにするさ」


「どうして……そんなこと」


「それは」


 マサキがとても悲しげな目をしているとレイは思った。

 でもどこか優しくてドキリとするようなその視線の意味が分からなくてレイは無性に胸が高鳴った。


 回帰前レイは死んだ。

 マサキを守ろうとして、死んだのだ。


 戦いの最中で助けることもできなかった。

 これからレイは強くなる。


 マサキなど足元に及ばないほど強くなるのだ。

 だけどそれまでの間レイがちゃんと強くなれるようにマサキは出来る限りのことをするつもりだった。


「俺がそうしたいからだ」


 ジッと見つめられてレイは顔を赤くする。


「そうしたいって……なんで」


「レイ……」


「なな、なんですか?」


 グッと肩を掴まれてレイは動揺を隠せない。


「俺と付き合ってくれないか?」


「つ、付き合ってって……それって」


「一緒にゲートに行ってほしい」


「デート……へっ、ゲート?」


「ああ、ゲートに一緒に行ってほしいんだ。…………どうした?」


 レイは手で赤くなった顔を覆った。

 ゲートに行ってほしいがデートに行ってほしいに聞こえた。


 付き合ってほしいというのもそういうことだったのかと期待した自分が気恥ずかしい。

 でも今の流れはそういう流れだったじゃないとレイはちょっと不満である。


 告白されると勘違いしたっておかしくない。

 マサキの紛らわしい言い回しが悪いのだ。


「……ちょっと考えさせてください」


「ええっ!?」


 良い関係を築いてきた。

 ここで考えさせてくれなど言われるとは思っていなくてマサキは驚いた。


 プイとそっぽを向かれてしまうがマサキはそのワケを分かっていない。

 丁寧にお願いしたつもりだったのに何がレイを怒らせたのか理解ができていないのである。


「そ、そうだ、プリン食べるか?」


「プリン……ですか?」


 なんとかレイの機嫌を取らねばならない。

 そう思ったマサキはふとプリンのことを思い出した。


 下ろしていたリュックの中からシンプルな白地に小さく店名が書かれた袋を取り出した。


「あれ……それって」


「た、たまたま近所を歩いていたら見つけて。昼間……その……キ、キスしてもらったし」


 頭で考えていた時は特になんとも思わなかった言い訳なのにいざ口に出してみるとなんだかすごく恥ずかしい。

 頬にキスしてもらったからプリン買ってきたなんて今思えばよく分からない理由である。


 今度はマサキの顔が赤くなる。


「ともかく……プリン、食べるか?」


 もう変な言い訳もやめた。

 機嫌が直らなくても買ったのだしプリンは食べてほしい。


「……じゃあ紅茶用意しますね」


 なんだか必死のマサキが可愛らしくてレイはこっそり笑う。

 コーヒーよりも紅茶党のレイは思わず綻んでしまった顔を隠すように台所に向かった。

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