もくらんいろの無鉄砲
面倒な集まり
昼下がりの魔法屋。何時かを告げる教会の鐘の音がリーン、ゴーンと響くのを聞いてリリアンナは大きくため息をついた。
「もう、リリアンナさんったら。幸せが逃げるわよ」
「まあ、僕はリリアンナ嬢がため息を付きたくなる理由も分かるけどね」
大きなため息にふくれっ面をしてみせるのはガードナー伯爵令嬢ソフィア。それに対し、ハハハ、と大人びた苦笑を見せるのは王太子セオドアだ。
どちらも本来ならこの街の魔法屋にいるはずもない人物なのだが、それぞれひょんな事件からリリアンナと知り合った。それ以降、貴族社会から逃れられるこの場所が気に入ったのか、時折こうして店を訪れるようになったのだった。
リリアンナも実は侯爵令嬢であり、早くから意気投合して友人となったソフィアはともかく、王太子の来訪には流石に焦ったリリアンナだが、なかなか豪胆な彼女は
「普段通りで構わない」
という王太子の言葉に甘え、今では彼らにお茶を振る舞いつつも、自分は副業である刺繍を進めるぐらいの余裕を見せていた。
そんな訳で本来なら雲の上の人物に対し、リリアンナは同意を求める。
「ですよね、セオドア殿下」
「でも、あれは慈善事業も兼ねているからね……。僕たちがいるだけでありがたく思ってくれる人も、動くお金もあるのも事実だ」
「うっ、ごもっともですわ」
思わず王太子に対して愚痴を零してしまったリリアンナだが、思わぬ正論で返され口ごもり、その様子を見ていたソフィアは思わず、という風に吹き出した。
リリアンナが先程から憂鬱そうな理由。それは初夏の恒例行事である市長公邸での園遊会に、ハートウェル侯爵令嬢として招待されているからだった。
父と仲違いして家を出て以来、基本的に貴族社会には出入りしていないリリアンナだが、時折父から今回は必ず出席するように、という強い口調の手紙が送られる事がある。
市長公邸での園遊会には、ここ数年出ていないリリアンナ。だが今回は、セオドア王太子がアッシェルトンで行う初めての公務ということもあり、普段より格段に注目されている。そんな理由もあり、リリアンナも出席することになったのだった。
「何よう、ソフィア。あなただって内心は面倒だっておもってるでしょ?」
「まあ、確かに大変だけど……でもお母様も仰っていたわ。高貴な者はそこにいるだけで影響力を与える。その力を上手に使いなさいって」
「うぅ……私よりも年下なのに二人共優等生」
王太子と、街有数の伯爵令嬢。貴族としての立場を的確に理解している年下二人の言葉にリリアンナは突伏した。
「……でも良いじゃない。私なんて上座に座る羽目になったんだからね。誰かさんのせいで」
椅子を立ち上がり、リリアンナを諌めるように肩に手を置きつつソフィアは遠い目をする。
「そういえばそうだったわね。それはそれはご苦労ね」
「だって一人はやっぱり心細いし……。使用人達は頼りになるけど家族や友人とはまた違うだろ?」
「お気持ちは分かりますけどぉ……。困った王子様よね、エドワード?」
理解はできるが釈然とはしない。そんな表情のまま、ソフィアは先程から足元でじゃれ付いていた子犬を抱き上げる。クリンとした瞳に視線を合わせつつ、ソフィアが問いかけると、子犬はまるで人間の言葉を理解しているかのように「ワンッ」と元気に鳴いた。
「相変わらずエドワードはソフィアとも仲良しね」
「ふふふ、そうでしょう? リリアンナさん」
「なんだか妬けて来るけどなぁ。ソフィアったらあんまりうちに来ないくせに、エドワードとは僕と同じくらい仲良しだなんて」
そう言って不満そうな表情を隠しもしないのはセオドア王子。その言葉にはエドワードが自分以外にも懐いていること以外への不満も見え隠れし、リリアンナは苦笑いした。
「仕方がないではありませんか。私だっていろいろと忙しいのです。殿下だっていつも予定が詰まっておいででしょう?」
彼女の言う通り、令嬢としての勉強に加え、ガードナー家が行う様々な慈善活動により深く関わるための勉強もするようになったソフィアは、なかなか忙しい毎日を送っている。
もちろん一国の王太子であり、特に今年から公の場所に出向くようになったセオドア王子もまた多忙な人だ。
とは言え、ソフィアとセオドアはこうして憎まれ口を叩き合いつつも、定期的にエドワードを交えた3人で時間を過ごしているらしい。
そこになんとも甘酸っぱそうな予感を感じ、リリアンナはまだ言い合いを続ける年下の2人を微笑ましく見守るのだった。
アッシェルトンの中心部にある市長公邸。100年以上前に建てられたそれは、重厚な石造りの建物で、なんとも風格がある。
そしてその庭は常に庭師達によって整えられ、都会の真ん中だというのに四季折々の花々が咲き乱れ、公邸の住人、そしてここを訪れる人々の目を楽しませる。
それは柵越しに、ではあるものの、付近の通りからも眺めることができて、威風堂々とした公邸と共に、ちょっとした名物となっている。
しかし、今日ばかりは人を寄せつかないよう厳しい顔をした警察官が幾人も公邸の周りを固ている。例年と比べても異様な程気合の入った警備に、やはり噂の王子がやってくるのだろうか? と街の人々は噂するのだった。
一方柵の内側では、そんあ喧騒はつゆ知らず。庭にはいくつものテーブルが設置され、シワ一つないクロスに美味しそうなお茶とお菓子が並べられる。
ピシリとした雰囲気を纏う使用人たちが行き交う中で、楽しそうにおしゃべりに講じるのは、フロックコートとドレスでオシャレをした紳士淑女。今日の公邸にはちょっとした異空間が出来上がっていた。
「お父様、お久しゅうございます。お元気そうで何よりですわ」
「うむ、リリアンナも元気そうで何より。だが、もう少し頻繁に社交界へも顔を出したらどうなんだ? お前は曲がりなりにもハートウェル家の令嬢。その意味をもう少しだな……」
「申し訳ございません、お父様。私も何分忙しくて……。以後気を付けますわ」
お説教が始まりそうな雰囲気を制するようにしてリリアンナは謝罪の言葉を口にした。彼女が向き合うのはハートウェル侯爵、ジェイク。リリアンナの父親だ。
娘の言葉にため息を一つついたジェイクは、しかし説教を続けるのはやめにしたらしく、代わりに上座の方へ目をやった。
「まあいい。それはそうとして手帳はきちんと持ってきたか?」
「ええ、勿論ですわ。こんなもの使わなくて済むのが一番ですが」
「私だってそう思っている。しかしセオドア王子は敵が多いからな。常に警戒を怠るな」
そう言ってジェイクはことさらに厳しい表情をリリアンナに向けた。
普段お小言満載の手紙が届くことはあっても、社交界へ出入りすることを強制はしないリリアンナの父が今日に限って、リリアンナに『必ず来るように』と強い言葉でこの式典への出席を求めた理由。
それはズバリ警備要員が欲しかったからだ。
次期国王としての地盤を固めるため、その所在を明らかにして、公の場に姿を表し始めたセオドア王太子だが、彼を狙っている勢力はまだ消えていない。
勿論、精鋭の護衛達が常に警護はしているものの、備えはいくらあってもよい。王家と繋がりの深いハートウェル家は、国王直々にアッシェルトン滞在中のセオドア王太子を守るよう言付かっており、ジェイクは王太子が公務をする、となる度に魔法を展開するための手帳を片手に同行していた。
ただ、今日は普段の公務とは規模が違う。今日の式典にはアッシェルトン中の貴族や資産家が招待され、広場には多くの市民も集まっている。
セオドア王太子にとってこれだけの規模の公務は初めて、とあって人々の関心も高く、それは警護が難しい、ということも意味する。
そんなこともあって、ジェイクはリリアンナにも手帳を持ってこの式典に参加し、何かが起きた時には王太子を守るよう命じたのだった。
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