いけすかない男

凛子

第1話

 社員食堂で昼食をとっていた佐々木ささき京香きょうかは、近くの席に座っていた市原いちはら風雅ふうがと目が合い、軽く会釈した。

 京香と向かい合って座っていた伊藤いとう淳子じゅんこが、京香の視線の先に目を遣り、同じく会釈した。


「素敵だよね、市原さん」

「そう?」


 京香はそっけなく返事した。


「もしかして京香、まだ根に持ってる?」

「別に」


 図星だった。


「まあどっちにしても市原さんは無しだけどね」

「何が?」

「だって市原さん奥さんいるし。まあ私は守屋もりやさん狙いだから関係ないけど」


 そう言いながら、淳子は遠くで談笑している守屋もりや信一しんいちに見入っていた。


 市原が既婚者だったことが意外だった。

 あの日、女を軽蔑するような発言をした市原が、どんな女を嫁に選んだのか、京香はそっちに興味が湧いた。

 淳子曰く、市原の嫁は以前市原と同じ営業部にいて、結婚を機に退職したらしい。

 そんな家庭的な自分の嫁だけは例外で、その他の女は尻軽ばかりだ、とでも言いたかったのか。

 京香は思い出してまた腹が立ってきた。



 一週間前、営業部と総務部での飲み会があった。

 営業部の奢りだということで、酒好きの京香は人数合わせの為に参加したのだが、淳子を始め総務部の女たちは、婚活パーティー感覚で参加していた。

 集合場所の居酒屋に、営業成績トップの市原を筆頭に、爽やかな男が数人やってきた。さすが営業部だ、と京香は感心した。

 仕事の話から始まり、酒が進んでいくにつれ、次第に恋愛話に移っていった。


「市原さんは今まで一度も浮気とかしたことないですか?」


 女社員の一人が市原に尋ねた。


「てかさあ、いつも男の浮気ばっかり取りあげられるけど、女だって普通に浮気すんじゃん。逆に俺が聞きたいよ」


 市原が眉根を寄せて返した。


「やだ~、勿論私はしないですよ~」

「しないしな~い!」


 女社員たちは声を揃えて、自分は安全牌だ、とアピールした。


「女の浮気はたち悪いだろ?」


 市原はさらに被せた。


「女の浮気は浮気じゃなくて本気って言いますよね。浮気される男に原因あるんじゃないですか?」


 京香のひとことで、一瞬にして場の空気が凍りついた。


「なーんて! 昼顔妻のドラマの観すぎですかねー? 今めちゃくちゃはまってて!」


 京香は笑いながら慌てて誤魔化し、ちらりと淳子の方に視線を向けると、淳子の目が「よろしい」と言っていた。

 何とかその場をやり過ごしたが、京香は市原の発言に腹を立てていた。女を何だと思っているのだ、と。

 営業成績トップの市原は確かにビジュアルが良い。いつも女社員にチヤホヤされて調子に乗っているのだろうか。

 いけすかない男だ。

 皆は二次会の話で盛り上がっていたが、腹の虫がおさまらない京香は一人さっさと帰ったのだった。


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2024年12月2日 10:00
2024年12月3日 10:00
2024年12月4日 10:00

いけすかない男 凛子 @rinko551211

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