第4話 シスコンな弟は姉の為にしか本氣を出さない。

 転生したからってほいほいスキルとか能力とか貰えるほど甘いわけはない。

 ましてやストーリー序盤で出てくるような敵がSランクだったとして、楽々に倒せるようならオレは1年も師匠の元で修行なんてしてないわけで。


 つまいオレの言いたいことは簡単だ。


「勝てるわけがねぇ」

「だろうな。あたしでも勝てる気がしない」

「師匠がそれ言っちゃう?!」


 双子の男の方のラシートも女の方のスチュートも獲物は短剣である。

 この2人の強い所は双子らしく連携にあると聞く。

 つまり連携して攻められたらどうやっても勝てないわけである。


「そもそも考えてもみろ、お嬢ちゃん連れたままSランク2人の相手して勝とうなんてのがそもそも無理だ」

「そりゃそうだけどさぁ……」

「お喋りする気はないから、早速行かせてもらうわ」

「スチュートはせっかちだなぁ〜」


 双子が目にも止まらぬ速さで一瞬にして間合いを詰めてきた。

 一切の躊躇ない首元への刃は美しさすら感じさせる直線を描いていた。

 今まで師匠と何度も真剣での稽古もたくさんしてきたがこれほどの緊張感は初めてだった。

 少なくとも1年前までこんな世界とは無縁のただのオタクでしかなかったオレが味わっていいせかいではなかった。


「あたしは男にはあんまり興味がねぇんだよなぁ」

「ッ!! 今のを受け止めるか」

「たまたまさ」


 クナイで的確にラシートの短剣を受け止めた師匠。

 それどころかオレの方に来ていたスチュートの足元に撒いたネバネバの液体で踏み込むテンポをズラした。

 お陰でどうにか回避できたが危うく見とれてる間に首が飛んでいたところだった。


「生憎とあたしらはお前らみたいなバケモンとやり合う気はないんでね」


 オレはけむり玉を複数破裂させて視界をさえぎった。

 師匠の性格はオレがよく知っている。

 なのでオレは躊躇なく姉ちゃんを抱き抱えて走り出した。


「わっ?!」

「レイナ、静かに」


 姉ちゃんが驚くのも無理はない。

 あのふたりと接的してから10秒足らずの出来事である。

 常人ならくしゃみをすればそれだけで過ぎていくような時間。


「リオン、お師匠様は?!」

「師匠は嫌がらせするって残ったさ」

「嫌がらせ?!」

「そういう性格なんだようちの師匠は」


 オレも師匠も魔力は無い。

 そういう血筋だからだ。

 故に高ランクほど魔力感知に頼って敵索をしているような奴はけむりで視界を塞がれたら一瞬にして師匠の独壇場どくせんじょうである。


「で、でもお師匠様は大丈夫なの?」

「いくつかのパターンで落ち合う場所は決めてある。問題ない」


 最も面倒なのはブラを手に入れて戻ってきた聖女・シルヴィと合流されてSランク2人に聖女とその他を相手に逃亡劇を繰り広げることである。


「このまま門を突っ切る。レイナ、舌を噛み切らないようにお口閉じてなっ」

「んんっ」


 口をしっかり閉じてオレの胸に顔を埋める姉ちゃん、めっちゃ可愛いなぁ。てぇてぇ。


 しかし萌えている暇もない。

 門を前に衛兵たちが武器を構えている。


 オレは腕に仕込んでいたけむり玉をどうにか足元に落として蹴り上げ、口の中に仕込んでいた小さな針で射抜いて再び視界を塞いだ。

 ワンパターンだが最も効率がいいから仕方ないよなぁ。めっさ楽だし。


 どうにか門を突破し後は落ち合う場所まで走り抜ければどうにか……


「逃げられると思ったのかしら?」

「なっ?!」


 突如オレの首だけを的確に狙う短剣がいやらしく光った。

 オレは姉ちゃんをお姫様抱っこしたまま膝を落とし姿勢を後ろに逸らしつつ走っていた勢いで潜り抜けた。


 なんでオレを追跡できた?

 オレには魔力は無い。なのにどうして……


「レイナの魔力を追ってきたのか……面倒だなこの女」

「ご名答。頭は回るのね」

「美女から褒められたら照れるなぁ」

「素直な子は嫌いじゃないわよ」

「そりゃどうも」


 体感的な話だが、この女は男の方より強い。

 男の方はパワー重視だが女の方はテクニック重視だ。

 師匠が足止めできているのも男の方が対処しやすいからどうにかできるだけの話なのかもしれない。


「でもこっちも仕事なのよ。ごめんなさいね」

「仕事を言い訳にして大事な人をないがしろにするタイプだなあんた」

「そんな人いないから問題ないわ」

「おひとり様万歳だな」


 さっきまで直立不動だったのに一瞬でオレの間合いに入ってくるスチュート。

 なんならさっきよりも速い。

 というかより前傾姿勢でのダッシュでどうしても視線を下げざるを得ない。


 だがスチュートは自身の背後に魔法陣を展開していて直後に火炎魔法が飛んできて殺意マックスもいいところである。

 さらにオレの背後には姉ちゃんがいる。

 オレが避けられないのをわかってての二段構えの攻撃。


「格下相手にも容赦ねぇな?!」

「格下? 私はそう思っていない」

「過大評価も悪くねぇな!」


 懐から取り出した手鏡で火炎魔法を反社させてスチュートの方向へ無理やり向けさせた。


 魔法を反射させることの出来る手鏡だがあまりにも火炎魔法の威力が強過ぎる。

 そう何度も出来はしないだろう。

 案の定火炎魔法を容易くいなすスチュートにどう対処しろというのだろうか。


「対人戦もかなりできるな、あんた」

「なんなら本命が対人戦よ」

「ック!!」


 無駄のない短剣裁きに加えて蹴りや拳の連打に捌ききれずに何発か喰らったが短剣での致命傷はどうにか避けた。

 だが明らかにスチュートは強い。

 対人の戦闘に加えて体も異常に軟らかいのだろう。

 ありえない角度からの鋭い一撃に何度も肝を冷やした。


「……あなた、思ってたよりもやるわね。褒めてあげるわ」

「そりゃどうも。でもこっちも時間がないんでね」


 オレはクナイをしまった。

 できれば使いたくはなかったが、このままでは勝てないどころか負ける。


「ちょっと本氣出すわ」


 姉ちゃんとイチャイチャするためにも頑張るぜ。

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