山奥のサンドウィッチマン

星咲 紗和(ほしざき さわ)

プロローグ

山奥にあるその道は、地図にも載っていなかった。


木々は鬱蒼と茂り、昼間でも薄暗い。風が吹けば木々がざわめき、鳥や虫の声すらも何かの囁きに聞こえる。人里離れたその場所に、誰が来るというのだろうか?


田中雅也は、看板を背負ってその場に立っていた。新しい仕事だと言われて始めたが、すでに後悔し始めている。契約書には「1年間、サンドウィッチマンとしてこの場所に立つこと」とだけ書かれていた。報酬は破格だが、それ以外の説明はなかった。


「これ、本当に意味があるのか?」


呟いても、誰も答えない。周囲には人の気配どころか、動物すらいない。背中の看板には文字も絵も何もない。ただの木の板だ。それでも立つしかない。契約は絶対だと言われた。


そんな彼の背後で、カサリと木の葉が揺れた。


振り返っても何も見えない。ただの風だと思い込もうとしたその瞬間、ふと奇妙な気配を感じた。背中の看板が、ほんの少し重くなったような気がする。そして、遠くから誰かの声が聞こえた。


「……まだ、間に合う……」


振り向いても、そこには誰もいない。風に紛れて聞き間違えただけかもしれない。しかし、その時から田中の胸には重苦しい不安が居座るようになった。


この道には、何かがおかしい。何かが潜んでいる――それだけは確かだった。

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