卒業予定第二号:負けヒロ剣士の有効打突
「ねえ、ヒロ、アタシ直接聞いちゃったんだけど。タクって、彼女いない歴=実年齢なんだって? あんなにカッコよくて、勉強できて、剣道もむっちゃ強いのに、信じられない……アタシ、コクッちゃおうかな!」
ピキッ。
心のどこかでヒビが入った音がした。
クラスメイトのレミの話によれば、私とつきあっていたことは、タクにとっては無かったことになっている。
ヤツの恋愛経歴から消されている。
「ねえレミ、言っておくけど、タクはね。先週まで私とつきあってたんだよ。それ、経歴詐称」
「えー! それマジ? あんためずらしく全然そんな素振り見せてなかったじゃない⁉ いつもなら、つきあってるのもフラれるのも丸わかりなのに」
「うっさいなー!」
そう。私の場合、恋が成就するとつい調子に乗ってベラベラ喋ってしまう。フラれるとムチャクチャ落ち込む。周りの連中は、高校に入って私が六回フラれていることを容易にカウントできている。
だから、『負けヒロ剣士』という有難くない異名を頂戴している。
「今回はね、タクの頼みで我慢して黙ってたんだよ……なんか知らないけど、『僕たちがつきあっていることは二人だけの秘密だよ。』とか言ってドキドキさせちゃって……」
本当は、私たちがつきあっていることを自慢したくてしょうがなかったけど、変な口止めをされた。
同じ剣道部で活動しているしね、とも言って。
剣道が強いったって……タクのヤツも最近腕を上げてきたが、県大会準優勝の私にはまだ敵わないだろう。
色々な意味でプライドを傷つけられた。
〇
「ねえ、タク、勝負しない?」
「え?」
その日の部活、私はタクに果し合いを申し入れた。
「一本勝負よ……私が勝ったら、あんたは二人がつきあっていたことをちゃんと認めるの」
「……レミから聞いたのか? そんなことしたら、ヒロのフラレ負け星が増えるだけじゃ……」
「余計なお世話よ。負け星だって多い方が箔がつくじゃない、ほら」
私は、防具の胴に北斗七星型に貼った、七つの黒星をたたいてみせた。
「そ、そういうもんかな」
「いいから構えなさい」
「わ、わかった」
剣道部員の連中が私たちを囲んで、固唾をのんで見守っている。
「ヒロに、ジュース一本」
「いや、今頭に血が上がっているからタクの勝ちだろう」
なんだよ、ただの野次馬かよ。
彼は中段の構え。
私は上段の構え。
コイツ、ほんと上達したな。一分のスキもない。
集中しよう。
スキ(好き)を見せたら負けだ。
彼の剣先がピクリと動いたのを逃さず、私は竹刀を振り下ろす。
それをわずかにかわし、私の小手を狙ってきた。
本当に、小手先だけはウマい。
恋愛経歴抹消も、コイツらしい小手技だ。
私は竹刀でそれを払い、いったん距離をとる。
ここからだ。
一気に間合いを詰め、剣先を突き出す。
「エイヤーッ!」
タクの喉元。『突き垂』の一ミリ手前。
寸止めした。
面の『物見』から覗う彼の眼は、恐怖で見開いている。
「どう、まだやる?」
「わ、わかった……」
「じゃあ、私とつきあっていたこと、認めるのね?」
「え、延長だ」
「え! まだやる気?」
「延長して、突(つ)きあおう……剣道だけに」
「戯けたことを!」
私は、渾身の力を込めて、脳天に面を打ち込んだ。竹刀がしなり、これ、むちゃくちゃ痛い。
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