第3章 魔法少女ジェミニ・キャスター

第35話 新たなる方針


 3月に入りたてのある日、俺は魔法少女捜索隊ブログを閲覧していた。最近は忙しかったり、色々考えることが多くて、このブログはザッと斜め読みするぐらいだったからな。今日は時間もあるので、じっくりと読むことにしたんだ。


 やはり気になるのは、魔法少女への接触の反応。まあ全部を暴露するわけにはいかないので、説明が無理な所は、プライベートで押し切らせて貰ったが、そこに不満を感じる人が多いようだ。ツイスターでは、いまだに陰謀論を垂れ流している奴はいるが、概ね沈静化しているので、釈明動画の目的は成功していると言えるだろう。


 そんなことより、俺が衝撃を受けたのは、最後の動画広告だ。


 「魔法少女大決戦レガシー 蒼空の魔法少女」だと! 敬愛し、尊敬している俺の命の恩人、初代アクイラ・アルタイルが主人公のゲーム。いつのまにかこんなものを作っていたとは! 噂も聞かなかったのにな。これはさっそく予約をしなければ。今から次の秋が来るのが、待ち遠しいな。



――――時間よ。何も起こらなかったわね。


 「おっと、もうそんなに時間が過ぎたか。前世では、この日東北で大地震が起きたんだが、どうやら何も起きなかったようだな……」



 ダイニングのテーブルの上で、ナナのスマホを見ていたエインセルが念話を飛ばして来た。


 まあ起きないだろうなとは思っていた。ここはパラレルワールドだし、前世では大地震が起きる前に、数日前からかなりの数の地震が発生していたからな。危ないと感じたら、ネットに警告を書き込むつもりではあったが、この世界では東北は平穏そのものだった。とりあえず安心していいだろう。



――――まっ、平和なのが一番ね。


「そうだな。明日はかりんちゃん達と、インラインスケートで遊ぶ予定だからな。大きな災害が起きなくて良かったよ」


――――かりんちゃんね。前1人で来た時は、正直肩透かしだったわね。


「そう言うな。当の本人にとっては重大なことだったんだ。俺も友情を高め合って良かったと思うよ」


――――ふーん。サトルってば、ああいう娘がタイプなのね?


「なんでそういう話になる? おっ、ひょっとしてエインセル。俺に嫉妬でもしてるのか?」


――――ハハン。自惚れないでよ。サトルに惚れるほど、落ちぶれちゃいないわよ私は。



 とエインセルといつものようにくだらない会話を続ける。お互いパートナーとしては有用なので、そこは認め合ってるが、エインセルは美しいものを求め、俺は魔法庁への就職を目指している。お互い目的が違うからな。おまけに種族も違うし、エインセルと恋仲になることはありえない。と言える。たとえ俺がヘンタイだとしても。






 というわけで翌日、インラインスケートで遊ぶために、新横浜駅でかりんちゃん&みかちゃんと待ち合わせ。横浜市営バスに乗って、バス停「日産スタジアム前」で降りる。このバス停は高架道路の上にあるので、降車したらすぐ西側の大きな階段で地上に下り、元石川線の高架道路をくぐって、北に出る。


 すると左手にトイレと新横浜公園のスケボーひろばが見える。ここではモトクロスやスケボーが出来るが、インラインスケート広場はもう少し奥だ。スケボーひろばを通り過ぎ、西に50メートル進むと、新横浜公園第3レストハウスが見え、そのすぐ南が目的地のインラインスケート広場となっている。



 レストハウスには、男子・女子更衣室とシャワー室。トイレ、コインロッカーがある。自動販売機は飲物だけで、食べ物は売っていない。なので、パンやら弁当やらを各自持って来ている。昼に横の遊具広場のベンチで食べるつもりだ。


 インラインスケート広場は道路の高架下にあって、無料で利用できる。地面の状況も良く、直線で100メートルはあるので、そこそこ速度も出せる。だが、小さい子供もスケートをやってるので注意は必要だ。というわけで、俺の指導の下、さっそくインラインスケートを開始。



 まずはストレッチ。特に足と足首は入念に。それからプロテクターとヘルメットを装着。かりんちゃん達は、俺のお勧めの、数万円の値段の一流メーカーのインラインスケートを購入したようだ。世界4大メーカーと言われるやつだ。足を捻るといかんからな。それに上達速度も早くなるし、道具は質のいいものが一番だよ。



 俺は靴のままで、かりんちゃん達を支え、初心者講習を開始。両足をVの字にしての、かかとのウィール(タイヤ)同士をくっつけて立姿勢。転んだ状態からの立ち上がり。その場足踏み、しゃがみ、上手い転び方を教える。


 足をハの字にしての減速・ストップ方法を教えてから、両手で両膝を掴んで、前傾姿勢でゆっくり歩く練習。次にいよいよスケーティングの練習。



 足はなるべくVの字にして、足を踏み出して重心を前に移動しての前進。これを右、左と順に交互に繰り出しすのをスケーティングという。基本的には、足踏みをしながら、足をVの字形にすれば前へ進み、ハの字なら後ろに進む。そこにスムーズに重心を乗せれば、スイスイ進むというわけだ。インラインスケートは、道路を蹴って進むのではなく、歩く力を増幅する道具と考えるのが正しいだろう。



 いや、それにしても流石は魔法少女といったところか、上達と慣れがやたらに速いな。1時間程の練習で、2人とも問題なく滑ることが出来ている。インラインスケートは理屈ではなく体で覚えるスポーツだが、2人は運動神経が抜群だと感じた。大丈夫そうだったので、俺もインラインスケートを履いて、一緒に滑って遊んだ。


 3人で滑って遊んでいると、あっという間に昼。一旦滑るのはやめて、遊具広場のベンチでランチ中。かりんちゃんは来週、俺とラーメン博物館へ行きたいと言い出した。いいね。冬に食べるラーメンは上手いからな、豚骨ラーメンなんかいいんじゃないだろうか?



「別にいいわよ。来週はそれでいきましょう。来るのはかりんちゃんだけかしら? みかちゃんは?」


「私は来週家族旅行なのー。お休みは3月下旬までだから、その前に家族団らんしとかないとね」


「ああ、なるほど。そろそろガイマも活発になる時期ね……」


「というわけで、私だけですが、よろしくお願いします。また新横浜で待ち合わせですね。今日と同じような感じで」



 と、かりんちゃんと約束をして、夕方まで3人でインラインスケートを遊んだ。


 最終的には、かりんちゃん達は驚くべき成長を遂げて、クロスオーバーターンと8の字フロントクロスオーバーが出来るようになった。さすがにバッククロスオーバーは難しかったようだが、1日でここまで出来たのなら上出来と言えるだろう。






天の川の美しい星々までが凍えそうな真冬の夜空。


東の空に、カストルとポルックスのふたご座が昇る。


少し暗い星が兄のカストル。明るい星がポルックス。


日本では、これらの星は兄弟星、夫婦星と呼ばれ、ポルックスは金色、カストルは銀色に見えることから、金星、銀星とも呼ばれている。


ギリシャ神話において、カストルとポルックスは、大神ゼウスとスパルタの王妃レダの間に、双子の兄弟として生まれたとされる。


だが、カストルは、人間の父であるスパルタ国王のテュンダレオスが父であり、人間の子であった。


対してポルックスは、大神ゼウスを父に持った、神の子であった。



そして二人は成長し、立派な戦士となり、アルゴ船の遠征に参加して大活躍をし、世界に名を馳せた。


その後二人は、イーダースとリュンケウス兄弟と戦うことになる。

この熾烈な戦いで、カストルはイーダースに殺されてしまう。


だがポルックスは、イーダースやリュンケウスの攻撃を受けても死ぬことはなかった。


ここで初めてポルックスは、自分が神の子だったと知ることになる。


結局この戦いで生き残ったのは、ポルックス1人だった。



ポルックスはこの運命を嘆き悲しみ、カストルを生き返らせてほしいとゼウスに懇願する。


ゼウスは困惑したが、兄を慕うその気持ちに心打たれて、こう提案した。



おまえは神の子。カストルは人の子。お互いに相容れない存在だ。だがそれでも運命を共にするというならば、生涯の半分を天で、もう半分を地下で暮らさなければならない。それでも兄と運命を共にするか?



ポルックスは、カストルと運命を共にすることを決断した。


ゼウスはその決断に応え、兄弟に天界と黄泉の国を行き来させることにした。

それ以来、一日の半分は、天界へと昇った彼らの姿を見られるようになった。


こうして、いつまでも一緒にいる仲が良い兄弟星、ふたご座が生まれた。






「と、言うわけだ。カストルはテュンダレオスの息子で、ポルックスがゼウスの息子なら、それ双子じゃないじゃん。なんていう無粋な突っ込みは無しにしてくれ、エインセル」


――――フン。 ……それで急に双子座の話をするだなんて、サトルはどうしちゃったのかしら?


「新たな方針を決めたんでな。その説明の前振りだ」


――――ふたご座は冬の代表的な星座で、黄道十二星座の3番目の星座として古くから有名。性格は、まったく違う2つのことを同時にこなせる能力があるが、それに頼って、小手先だけで世の中を渡ろうとすれば失敗する。傷つきやすくナイーブな神経の持ち主、だって…… プッ、ウフフフ…… なかなか的に当たってるじゃない? これまでのサトルの行いそのものって感じで。


「ちっ、うるさいな…… とにかく、新たな方針は、いよいよ魔法庁に所属するための具体的行動を起こす。ということだ」


――――魔法庁に就職することにしたのね。


「ああ、そのためには、神話になぞらえた行動を取ることが最適と考えている」


――――その心は?


「これまでかりんちゃん達と話して、魔法庁のさまざまな情報を手に入れた。その結果として、あの組織は、魔法少女を大切に扱っていると考えられる。ホワイトと言えるかどうかは人によるだろうが、少なくともブラックな組織ではないと判断した。そして俺は魔法庁に就職すると決めた。ここで問題になるのは、ナナの扱いだ。エインセルもずっと偽サトルやナナになって、偽装を続ける気は無いだろう?」


――――そうね。面倒臭そうだし、そういうのはご免被るわ。


「だろうな。とすれば俺が就職するためには、偽装を終わらせなければならない。そしてジェミニ・パラックスは新たなる力を宿す」


――――ほほう? そういや、魔法少女をキャラクリした時に、ジェミニ・パラックスの強化フォームの検討をしたわね。それかしら?


「それをベースにして、ジェミニ・パラックスを強化するとともに、新たなる魔法少女を作り出す。これはナナでは無く、サトルを、俺をベースに考えている。前世では俺は空手をやっていたからな。空手で近接戦闘を戦う魔法少女としたい。2段変身は男のロマンさ」


――――男のロマンかどうかはさて置き、2段変身のコンセプトは面白いわね。双子座の魔法少女に合っているし、またしても美しくてカッコいい魔法少女を作り出すのね……

 いいわ。とても面白そうだし、私も全面的に協力しちゃう。報酬は弾んでよね?



「くっ…… ああ、分かってる。名前はすでに決まっている。兄星カストルを使う。カストル… 英語読みならキャスター。銀星の魔法少女、ジェミニ・キャスター。それが新たなる魔法少女の名前だ」


――――銀星の魔法少女、ジェミニ・キャスター……


「それに加え、エインセルの行った偽装に調査が及ばないように手を打つ必要がある。それには、調査そのものを無価値と判断させる事件が必要だ。これにより、俺が男の娘の魔法少女として、魔法庁に就職して堂々と活動できるようになる。そして皆が納得するようなストーリーを作り出すつもりだ。そのためには……」


――――そのためには?



「ナナには死んでもらう必要がある。彼女を永遠の存在、神の子とするために……」


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