第34話 かりんの気持ち2


 そして次の週。私達はナナちゃんのお家のある大倉山にやって来た。ここは渋谷方面に行く時に、何回か通過したことはあるけど、降りるのは初めて。駅前でナナちゃんと待ち合わせ、一緒に大倉山の梅林を見たり、お店に寄ったりしてから、ナナちゃんのお家へ



「ようこそわが家へ、改めて2人に自己紹介するわね。私の名前は星乃南夏、こっちはお兄ちゃんで、星乃慧と言うの」



 ここでナナちゃんは、フルネームを教えてくれた。星乃南夏。綺麗なお名前。私の夏鈴と夏が一緒でなんか嬉しいな。初めて会ったお兄さんも、ハンサムでカッコいい。さすがナナちゃんのお兄さんね。と思っていたら、お兄さんがナナちゃんのほっぺに、いきなりキスしてビックリ。思わず悲鳴を上げちゃったよ。


 それからナナちゃんの部屋で、お兄さんが焼いてくれたクッキーを食べる。これがすごく美味しくて、無言で全部食べちゃった。ナナちゃんだけじゃ無くて、お兄さんも只者では無かったのね。それあと色々お喋りして、ナナちゃんが追加の飲物を持ってくるのに部屋を出た。


 その間に私とみかちんは、机にあった写真立ての写真を見る。みかちんが話しかけて来たので、小声で話す。



「ねえちょっと…… あの二人仲良過ぎない?」


「そ、そうね」


「あの雰囲気。あれじゃ兄妹じゃなくて…… まるで、こ、恋人みたい」


「それにこの写真。繋いでる手が、恋人つなぎだし……」



 写真は笑顔で笑っている2人の野外での写真。ぴったりと体を引っ付けて寄り添っている。ナナちゃんはとても幸せそうな表情。お兄さんと繋ぐ手は、指を絡めた恋人繋ぎ。もしこれを何も知らない人が見たら、恋人同士の写真だと思うだろう。



「さっきキスした時、ナナさん、友達の前ではやめなさい。て言ってたよ。じゃあ誰もいない時は、毎日してるのかな? チュッ、チュッ、て」


「みかちん…… キスされてる時、ナナちゃん全然動じてなかったもんね。だったら普段から……」



 思わずその場面を想像してしまい、私は赤面してしまう。みかちんも頬を染めている。でも、まさか、友達の前だからほっぺにキスしただけで、誰もいない時に、く、口でキスなんかしてないよね?


 バカ。何変なこと考えてるのかりん。あの2人は兄妹なんだから、そんなことするわけ無いじゃない。みかちんが変な事言うから、私まで変な想像しちゃったよ。もう。



 それからナナちゃんが飲物を持って来て、再びお喋り。みかちんが発見したインラインスケートから、今度はそれで遊ぶことを約束した。帰りにダイニングにある食器棚を見ると、ペアのマグカップやお皿、グラスが見えた。まるで新婚家庭みたいな雰囲気。


 ナナちゃんは、何事も無かったように私達を駅に送ってくれた。うん。やっぱり私やみかちんの考え過ぎだろう。2人はとても仲がいい兄妹なんだ。それ以上のことはない。きっと……





 そしてまた八木さんに呼び出される。私は憂鬱な気分で、みかちんと一緒に関東総本部での事情聴取に向かった。八木さんに色々質問されて答えたけど、今度は家族やプライベートなことに関わるから、抵抗を感じる。



「そう、姓は星乃と言うのね。星乃ナナに星乃サトル、うん? どこかで聞いたような…… いや、気のせいか」


「あ、あの、八木さん。ナナちゃんに黙って、家のことをお話するのはダメなんじゃ? 私ナナちゃんに怒られるかも知れなくて……」


「古伊万里さんの気持ちは分かるけど、その心配は必要無いと思う。ナナさんはとてもしっかりしてるし、頭も良いのは知ってるでしょ? こっちに情報が流れるのは分かってるはず。貴方を通して、こちらと情報交換していると考えていいんじゃないかしら? いい古伊万里さん? この聴取は、私達とナナさん兄妹を守る為に必要なことよ。それに私はマジシャンが不利になるような事は、これまで一度だって行ったことは無いわ。私を信じて欲しいの」


「けど……」


「それに遊びに行くのに色々お金も使ったでしょう? その分は協力金として貴方達に渡す予定よ。大丈夫。負担にならないようにするから」



 というわけで、結局、大倉山でのことは全部話すことになった。けど、キスの事や写真の事は話さず、仲がいい兄妹、ということにした。みかちんとは口裏は合わせて無いけど、みかちんもそのことは黙ってるつもりのようだ。


 でも…… う~ん。八木さんの言うことも分かるけど、もし違ったらどう責任を取るつもりなのかしら?


 もしナナちゃんが怒って、絶交なんかされたら、私立ち直れないよ。






 私は家に戻って、ナナちゃんと一緒に買った電動パンダのスイッチを入れて、机の上を歩かせる。電子音のランバダを鳴らしながら、パンダはヨチヨチと可愛らしく歩く。それを見ながら、私はどうするべきか考える。



『いいわよ。だって私達、お友達じゃない。お友達を家に呼ぶのは当然でしょ?』



 ナナちゃんは、私達を友達として信用して、お家にまで呼んでくれたんだ。それなのに私達は黙って、その情報を魔法庁に渡す。協力金も貰う。これは裏切りって言っていいと思うの。友達なら、本当の友達なら、こんなことはしてはダメだよね……


 そうだ。やっぱりナナちゃんに話して、謝ろう。


 許してくれないかも知れないけど、本当の友達なら、ちゃんと言わないと……


 そう思った私は、ナナちゃんにツーラインで連絡を取る。急な事だけど、明日の夜に会ってくれるって。この事はみかちんには内緒。こんなことになったのは私のせいだから。みかちんはただ付いて来ただけだから、あの子を巻き込む訳にはいかない。






 そして次の日の夜。私は大倉山の駅へ、駅前ではナナちゃんが迎えに来てくれた。ナナちゃんは私を心配そうに見つめて、優しく声をかけてくれる。



「ずいぶん急なことだけど、どうしたのかりんちゃん? それに一人で来るなんて」


「お話があるんです…… でもここじゃ。ナナちゃんのお家でお話します……」



 ナナちゃんのお家に着いた私は、部屋に案内される。今日はお兄さんは仕事で留守みたい。夜遅くに帰って来るって。私はナナちゃんにお話ししようとして、急に怖くなった。ナナちゃんが怒ったらどうしよう? 嫌われたらどうしよう? でも、でも友達ならちゃんと言わないと…… でも……



「あっ…… あの… ナナさん。ごめんなさい。私、私……」


「落ち着いて、かりんちゃん」



 ナナちゃんは寄り添ってくれて、怖くなって泣きそうな私の頭を撫でてくれる。ナナちゃんの優しさに触れて、私の心が溶けていく。



「うっ…… 私、ナナちゃんのお友達なのに…… 魔法庁に今までのお話、全部、全部伝えてたんです…… それで、協力金までくれるって……」



 言った。言ってしまった。


 これでもう後には引き返せない。ナナちゃんは私のこと嫌いになるのかな? そう思うと、感情がこみ上げてきて涙が止まらなくなる。



「私、わたしは本当にナナちゃんのお友達になりたかっただけなのに…… ヒック… 嫌われても…… 仕方ないけど…… どうして、こんなことになっちゃうんだろう…… まるでお金目当てで、ナナちゃんに近づいたみたいで…… うううっ、ごめんな……さい」



 もう、涙が全然止まらないよ。ちゃんと謝ろうと思っていたのに、泣いてばかりで、私って駄目だなぁ…… どうして肝心な時に、ちゃんと謝れないんだろう。ナナちゃんもきっと呆れてるよ。そう思っていると、ナナちゃんが私を抱きしめてくれた。



「ああ、泣かないでかりんちゃん。私こそ、私の方こそごめんなさい。かりんちゃんがこんなに苦しんでいるのを気付いてあげられなかった」



 ナナちゃんの優しい言葉に、私の心は癒される。

 ううん。ナナちゃんが悪いんじゃないの。私がもっとしっかりしてないのが悪いんだよ。



「私のこと ……嫌いにならない?」


「嫌いになんかならないわ。可愛いかりんちゃん。大好きよ」


「ナナちゃん…… うぅうう…… 私も…… ヒック、わだしもナナちゃんが…… 大好きです」



 私達はお互いに抱きしめあった。ナナちゃんの体の感触を、熱を感じて胸が苦しくなる。私が泣き止むまで、ナナちゃんは私の頭を撫でてくれる。私はナナちゃんと同い年のはずなのに、大人びたナナちゃんに、ついつい甘えてしまう。ダメだなぁ……私。


 それからしばらくして落ち着いて、ナナちゃんから友達の証として、ペアリングを貰った。指輪を嵌めにくいので、私達はベッドに座って指輪の交換をする。これで私達は本当の友達になったのだ。私は嬉しくなってナナちゃんに抱き着いて、一緒にベッドに寝転んだ。



「ウフフ…… もう、かりんちゃんは甘えん坊さんね。ダメよ子供みたいなことしちゃ」



 ナナちゃんはそう言うけど、私の頭に腕枕をしてくれて、頭や体を優しく撫でてくれる。私はうっとりして全身をナナちゃんに委ねた。ナナちゃんの優しい目を見て、私は胸が締め付けられるような感覚を覚える。胸が高鳴ってドキドキする。


 おかしいなぁ。私別に女の子のことが特別好きってわけじゃないと思うの。


 みかちんともベッドで一緒に寝ることもあるけど、こんなにドキドキなんかはしないの。何故かナナちゃんの時だけ、ドキドキしてもっとくっ付いていたいと思ってしまう。どうしてこんなに感じることが違うんだろう?



「ナナちゃん……」


「ん、なあに?」


「私達、ずっとずっと友達でいましょうね?」


「ええそうね。かりんちゃんとは、ずっとずーっとお友達。約束するわ」

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