プロローグ

1999年7月7日 埼玉県杉裏戸町


 それは唐突だった。


 たしか18時半辺りか、突然、家の明かりがすべて消えたのだ。

 俺は部屋の窓から外を眺め、このあたり一帯が停電したことを理解した。母親が1階から上がってきて、俺の安全を確認してから、懐中電灯を探しに再び下に戻った。



 まずは自己紹介をしよう。

 俺の名は星乃慧。


 慧という名前は珍しいが、この1字でサトルと読む。「ホシノ・サトル」これが今生での俺の名前だ。今年9歳の子供である。





 さっき「今生での」と話したが、俺は前世の記憶を持っている。前世では男性として平成元年、1989年に生まれ2030年に病気で他界した。死んでから、いつのまにか俺は星乃慧として意識を持って、この世界で生を受けることになった。これはラノベなどで定番の転生というやつだと俺は確信した。


 ただ、この転生は奇妙だった。星乃慧が生まれた日時は、1989年6月6日。前世の俺の誕生日と同じだ。場所も日本で、意識を持ってから色々な情報を集めたが、前世の記憶とそれほど変わることはなかった。これは過去への転生なのかも知れない。




 そう思った時もあったが、最終的に、ここは前世の日本に限りなく似たパラレルワールドの日本だと結論づけた。なにせ元号が違う。前世で生まれた日は平成元年だが、この世界では「平聖」元年だった。発音は同じだが漢字が違う。昭和もそうで、こちらの世界では「照和」と書く。ただし、今の所、この世界の日本も前世の日本と同じような歴史を繰り返していた。


 もしもこのまま日本が前世と同じ道を歩むなら、俺も知識チートで成り上がることが可能かも知れない。などと考えていたが、やはりここはパラレルワールドであり、前世とは違うということを俺は今から思い知ることになる。




 それにしても長い停電だ。もう30分以上が経過したが、復旧する様子はない。恐らく停電解消は明日になるのだろう。などと考えていた時、遠方から爆発音のようなものが聞こえた。すぐに1階から父や母が上がってきて、ベランダから外の様子を伺う。



「ふむ、爆発は西から聞こえるな。たしかあの辺には工場があったはずだが…、それが原因か?」



 とりあえず俺の家族は1階に集合。外にいつでも逃げられる準備をした。父はラジオに電池を突っ込み放送を聞いたが、通常の放送が続いているだけだった。母は外に出て、近所の人と話し込んでいる。どうやら西のほうで複数の火災が発生したようだ。



 そして30分後、ラジオの報道に変化が現れる。



『番組の途中ですが緊急情報が届きました。埼玉県杉裏戸町に大規模害獣集団が発生した模様です。詳細な情報は不明、ですが…』




 害獣!


 そう、ここ数年話題になっている謎の未確認生物のことだ。千葉を襲った害獣の映像はニュースが流されていてよく覚えている。黒い肉塊に赤い発光点。友達は魔物とか言っていたが、それが複数現れたのか。


 ニュースを聞いた父は、害獣が現れた国体記念公園付近から遠ざかる道、南か東に車で逃げることを決断。俺と母を乗せ車で家を出た。まずどこへ逃げるにしても日光街道に出なくてはいけない。しかし、ここで誤算があった。渋滞に巻き込まれてしまったのだ。




 この杉裏戸町は都市の中心からは外れており、交通量はそう多くない。東京に近いとはいえ、そこらに畑や田んぼがある田舎だ。ここまでの渋滞を引き起こすなど、ありえないはずだった。その時、俺は車窓から「それ」を見た。遠く西の方角、複数の火災を光源に薄く照らされた蠢く黒い影を。


 その大きさは巨大で、高さは10メートル以上か、なめくじかウミウシのような形態で、背中に6本の口のついた触手が生えており、そこから火炎弾を地上に向けて発射していた。正真正銘の化け物。今までの報道にはなかった害獣だ。




 俺たち家族は、その禍々しい姿を呆然と見ていたが、俺たちの正面、東方向から大勢の人がこちらに走って逃げてきた。あの巨大な害獣の方向に逃げてくる人達、いったい何が起こった? と疑問に思ったが、その疑問はすぐに解消される。前方から軽トラックが宙を飛んで、俺たちの乗った車を飛び越し、後方の乗用車と激突したのだ。



 そして人々が逃げてきた方角から、小型トラック程の大きさの黒い肉塊が、触手を振り回しながら人が駆ける程の速度で、車列に突っ込んで来るのを目撃した。千葉でも撮影されたイソギンチャク型だ。そういえば、ニュースでは大規模害獣集団と言っていた。あのウミウシだけでは無いのか。とにかく逃げないと、俺たち家族は車を降りて、母親の手を取ろうとして…




「サトル!!」




 俺は背後から母親に突き飛ばされ、吹っ飛んだ。地面に叩きつられて、体が転がり一瞬背後の様子が見えた。そこには黒い触手が凄まじい速度で、母と父を自動車ごと吹き飛ばす光景が見えた。血液が俺の頭にかかる。俺は本能的立ち上がり、走って害獣から距離を取る。さっきの光景は俺にとってショッキングな光景だったはずだが、もはや心が情報を処理するのを拒んでいた。



 俺は害獣を睨みながら後退する。しかし背に車の残骸の感触を感じる。運がなかったのか、俺の周りは散乱した車の残骸に囲まれ身動きができなかった。この9歳の子供ボディでは残骸を越えることができない。



 水がゴボゴボいう様な、何か妙な音を発しながら、イソギンチャク型害獣は、俺に向かって触手を上に振り上げた。




 俺はここで死ぬのか…。




 半ば確信したが、まだ諦めてはいない。触手が振り下ろされた瞬間に身を屈める用意をした。だが目の前の圧倒的暴力の前に、正直抗えないとも感じている。



 なにが知識チートだ。前世の記憶があっても、この場面では何の役にも立たない。



 俺が甘かったのだ。



 害獣のニュースはあったのに他人事と判断し、平々凡々と恵まれた環境で暮らしてきた。その結果両親も守れなかった。

その報いが、今この時に俺に向かってくるのだろう。


 イソギンチャク型害獣を触手を振り下ろそうとする。俺はそれを見ながら身を屈めようとした。





 その瞬間、害獣の触手が…  根本から爆ぜた!





 直後に吹き荒れた小さな爆風で、俺は背中を残骸にぶつけ、うめき声上げる。


 だが確かに見た。触手を振り下ろそうとする害獣の背後から、光弾が高速で飛来し、根元から触手をちぎり飛ばしたのだ。俺は光弾が飛んできた方向を見た、その5メートル先の無人のトラックの上に、「ソレ」はいた。




 それは人間の女性であり、左腕を害獣に向けていた。美しい白いドレスのような物を着ていて、両手両足はダークブラウンの未来的なプロテクターを装備。そして背中には大きな翼、全体的には薄めに青白く光っていた。顔はサングラスとマスクで隠されている。


 間違いない。千葉で害獣を倒した鳥人間と呼ばれた女性だ!





 俺が唖然と見つめる中、彼女は動いた。


 背中の大きな翼を根本以外は畳んで、空中に浮遊し、こちらに向かってくる。翼の根元が大きく光っているので、恐らくその力で浮遊しているだろう。右手には、いつのまにか光輝く剣のようなものを持っていた。そして足首のギミックが動き、まるで鷹の足のように鋭い爪が飛び出す。



 害獣はこれまでにない激しい動きで触手を振り回し、接近する彼女に攻撃を繰り出す。彼女はヒョイヒョイと触手の攻撃を回避しつつ、剣で触手を切り飛ばす。そして一気に加速して、両足でキック、彼女の足の爪が害獣に深く食い込む、



 瞬間。



 とんでもない大きな衝撃音がして、害獣は体の半分を地面に沈めて、息絶えてしまった。だが、彼女の動きはそれで止まらない。少し高度を上げて、俺の前を通り過ぎ後方へ飛んだ。そこには、もう一体のイソギンチャク型害獣がいたのだ。



 彼女は左腕で光弾を連続発射、害獣は触手が吹き飛び、体に穴が開き、たたらを踏む。そこへ彼女は突撃、右足を振り害獣を蹴り上げる。そのイソギンチャク型害獣の大きさはトラック並であり、とんでもなく重量がありそうな見た目だったが、その蹴りによって害獣の体は垂直に吹き上がる。そこへ彼女は光る剣を突き立てた。


 害獣の体に光が幾条も走り、一瞬痙攣したのち、害獣の体は力を失い地面に倒れ伏した。2体の害獣はニュースにもある通り、空気に溶けるように、体がバラバラになって消えた。





 それを確認した女性は、いや、顔を隠しているのでハッキリしないが、恐らく中学生ぐらいの少女だと思われるが、背中にある翼を展開して、すごい勢いで上昇、体を翻してウミウシ型大型害獣の方へ向かう。そして上空で旋回しつつ、次々と大きな光弾を害獣へ投射していく。


 少なくとも10発は撃ったか、ウミウシ型の触手は6本の内、4本を失い、体の傷から液体のような物を流しつつも、残り2本の触手で、翼の少女に向けて火球を発射していた。だか高い位置にいる彼女には簡単には当たらない。



 俺は呆然とその幻想的な光景を眺めていたが、南の方からヘリのローター音らしき、重々しい音が響き始めた。暗闇で見えにくいが、あの特徴的な姿は自衛隊の対戦車ヘリコプターか、それが6機近づきつつあった。翼の少女も、対戦車ヘリコプターを注視しているように思える。



 すると彼女は翼を翻し、速度を上げて東方向へ急速に離脱していった。まるで自衛隊から逃げるように。たしか彼女は警察や自衛隊に接触するようなことは無かったはずだ。下手に近づくと誤射を受ける可能性があるから離れたのだろうか?





 超自然的な現象を連続で経験して、俺はまだ動揺していたが、気を取り直し、殴り飛ばされた両親を探しに行く。その背景では、巨大ウミウシに対し、機銃やロケット弾を撃ちまくる対戦車ヘリコプターの姿が見えた。



 そして30分後、付近を炎の海とした大型害獣は、息絶えた…





 戦闘終結は22時頃、その数時間後、俺は警察に保護される。


 結果は分かってはいたが、数日後に両親の遺体が発見された。


 そして大分後になって、俺を助けてくれた少女が、わし座の星機装を纏った魔法少女、初代【アクイラ・アルタイル】であることを知ることになった。




 こうして死者行方不明者を実に千名以上出した、前代未聞の大型害獣災害は、ここに幕を閉じる。





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