スティグマ

北路 さうす

第1話

 日に照らされた白い手を眺める。新旧の傷がてかてかと光る、汚い手だ。

「汚いイト、怠けるな!」

 頭に衝撃が走り、にぎやかな声をあげながら子供たちが走り去っていく。彼らの腕には鮮やかな藍色の入れ墨が入っていた。私と同い年であろう彼らは、私が少しでもぼんやりとしていると目ざとくそれを咎めに来る。急な襲撃も、子供の力なんてたかが知れているのでもう気にしていなかった。大人に殴られるのは、次の日まで体が痛くて仕事が進まなくてまた殴られて、いつまでも調子がもどらなくなってしまう。私は、自分の背丈より高いウェド草の間を進み、草むしりの続きを始めた。茎に生えた細かな棘が、また新しい傷を作っていく。


 草むしりが終わると、日が傾く前に村長の所へ行く。そうすると今日の分のご飯がもらえる。昨日は村の男衆が酒盛りしていたから、少し良いものがもらえるかもしれない。重くなった足を引きずり歩く。

 村長の家にはいつも村人が集まっている。邪魔にならないように人をよけて歩いているが、しばらく洗っていない体が匂うのか、私が歩くたびにみんな嫌な顔を私をしてみてくる。村長は私を見るなり眉を顰め、何も言わず地面に残飯を投げてよこした。村長と談笑していた大人たちは、同じ目で私を見るか、にやにやしているか。一挙手一投足を見られ馬鹿にされているのは慣れている。いつもより少し豪華な残飯を拾って、村のはずれにある家へ戻った。


 一人で住むにしては広い家は、あちこちにガタが来て隙間風が吹く。春先とはいえ、まだ風は冷たく過度の方で縮こまって過ごした。砂の混じった残飯を食べながら、屋根の隙間から夜空を見る。

 村のおきてを破り、無断で村の外へ行った母は、両手をもがれ、体に私を括り付けられた状態で帰ってきた。村を狙う悪いものとこしらえた子、殺すだけで祟りがあるかもしれない。それが私の生き残った理由だった。まるで子供のようになってしまった母と、村で飼い殺されることが決まった私は、祖父とともに村はずれでひっそりと生きていた。

 そんな二人も、数年前の襲撃で死んでしまった。一人残された私は、村の大切な『ウェド草』を育てるという重大な役割を背負ってどうにか村へ置いてもらっている。ウェド草と、先祖代々の守りに囲まれたこの村で、死ぬまで村に尽くして生きる。それが守られない私が生きていられる理由。何度も言い含められた言葉は、すっかり血肉となって私をこの村に縛り付けていた。

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