第16話 宿屋の店主は個性が強めなようです〜少しだけ思い出話〜
「先に宿を確保しようか」
「うん、近くにお父さんたちがいつも使っている宿があったはず」
エリーが用意していた地図を見ながら歩く事数分。
三階建の大きな建物が見えた。
『ウィルゴーの宿屋』
青色の屋根に白い壁。乙女座のモチーフがあしらわれた看板。
所々に生えているアイビーが御伽噺に出てくるような出立を醸し出している。
「いらっしゃぁい♡」
中に入るとエリーたちを出迎えたのは筋肉ムッキムキの巨体だった。
「アラぁ!村長ちゃんとシルちゃんとこの子じゃなぁい!さっきあなたたちが来るかもってイダーテちゃんから聞いてるわぁ!ちょっと待っててねぇ」
エリーがお金が沢山入った袋を出すとシルビアさんは棚の中で何かを探し始めた。
おね、おにいさん、どっちだろう。
多分聞いちゃいけないやつだ。
「ところでイダーテお兄ちゃんは今日村にいたよね?」
他のルートでもあるの?とエリーお姉ちゃんを見ると、首を振った。
「あの人は魔術は使えないよ」
じゃあ、何故さっきといったのだろう。
それともイダーテお兄ちゃんは何人もいるのだろうか。
「んふふ、名乗り忘れちゃったわね。アタシはシルビア。この宿の店主をしているわぁ」
シルビアさんは鍵を2つ取り出した。
サイハテ専用、と書かれている。
「この二つの部屋はいっぱい強化してあるからサイハテのどんな能力でも平気よぉ〜2階だから荷物は運んでアゲル」
ひょい、ひょいと持ち上げるとこっちよ、と階段を登り始めた。
「シルビアさんはサイハテ出身なんですか?」
「それが違うのよぉ〜アタシ、サイハテとドワーフのハーフでね。ドワーフはみんな背が低いけどアタシは背が高くって、居住区に入れなくて。サイハテの能力は持っているのに魔素に弱くてどちらにも行けなかったのよぉ」
ドワーフの居住区にも入れず、サイハテの血は流れているのに魔素に対する耐性がない。
肩身の狭い思いをしてきたのだろうか。
「でもアナタのお父さん、村長ちゃんが宿屋をやってくれないかって提案して手伝ってくれたおかげで、王都で暮らしていけてるの。とても助かってるわぁ。それにイダーテちゃんも王都の情報と交換で毎日サイハテのお話してくれるし、今はこうして力を活かせるサイハテ向けの宿屋を楽しくやってるワケよ」
シルビアさん、イダーテお兄さんと毎日お話してるって言ったよね?
イダーテお兄ちゃんのそっくりさんがいるわけじゃないよね?
とても良い話を聞いているはずなのに、イダーテお兄さんの影がちらついて頭に入ってこない。
「お部屋にシャワー室があるけど、お湯に浸かりたかったら一番街に銭湯があるからそこに行ってちょうだい。朝食は7時、夕食18時頃に作ってあげるわ。お昼は追加料金で、いらない時は事前に言ってちょうだいね」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、シルビアさんはあとは自由にしてちょうだい〜と言って戻って行った。
部屋に入ると大きいベッドが一つ。
「うーん、部屋分けどうしようねえ」
とったのは2部屋。
普通は男女で別れるべきなのだろうが、問題はヴィラだ。
寝ている時にヴィラが無意識にシータを吹っ飛ばしたらまたトラウマになってしまう。
「僕は床でもいいよ」
そういうわけにはいかないでしょうに。
「エリー、大丈夫そうだ」
もう一つの部屋に入ったシータが声をかけた。
畳の部屋に布団が2つ。
その間にレールで引っ張ってこられる衝立があった。
靴を脱いで上がってね、と二人に言って部屋の中へ入る。
「この衝立、学院の男子寮にあった」
「へー学院の寮に?」
そうだ、シータは剣術科にいたんだった。
あまり話してくれなかったんだよね。
「基本大部屋だったから、獣人とか寝相がやばいやつのためにこれに強化魔法をかけてあるんだ」
カラカラと引っ張り、ヴィラに軽く叩いてみるように言う。
恐る恐る軽ーく軽ーく叩く。
するとびくともしない衝立にじ〜んと感動するヴィラ。
エリーは衝立がどのくらい強化されているのか確認した。
「あ、これすっごい何重にも強化されてる」
ヴィラの力の事知ってて事前に用意してくれたのかな。
あとでシルビアさんにお礼を言おう。イダーテお兄さんにも。
「お兄ちゃんも学院行ってたの?」
「ああ、一時期な。でも教えることはもう無いと言われてしまって、あまり学院に行ってないんだ」
お兄ちゃんが強すぎたってこと?威圧以外で。
と失礼なことを考えるディナ。
「剣術科は実力行使が基本、みたいなとこがあって、出会った生徒や教師と打ち合う日みたいなランキングを勝ち取る制度があった」
シータは思い出す。
学院で大人数で絶え間なく襲い掛かられた時の事を。
ご飯を食べる時、着替えている時、風呂に、トイレに入っている時、24:00になってから0:00になるまで。(ちなみにトイレは扉が壊れたり流石に酷すぎて初回で禁止になった)
そして、母エルダに因縁のある教師が襲いかかってくる事も。
「それでサイハテだからと力試しに襲ってくる奴が多かった。……言っておくが能力は使っていないぞ」
「シータお兄ちゃん最強じゃん」
シータは静かに首を振った。
「母さんに叩き込まれたからな。剣術科の先生よりも、騎士団長よりもずっと強いから。負けたら母さんに怒られると思って必死だったんだ。ヴィラ、強くなりたいなら母さんから学ぶのも良いと思うが、オレはおすすめしない。地獄だ」
「地獄……」
はい、とディナが手を上げた。
「お兄ちゃんが打ち合いしてるところがみたい」
確かに、シータは稽古で教えてはいるけれど打ち合いをしているところは見たことがない。
「えー……相手がいないからなぁ……母さんがいなくて父さんだけいる時になら、多分付き合ってくれると思うけど」
「お母さんとじゃだめなの?」
きょとん、とディナは首を傾げる。
「鍛え直しだとか言われてオレ死んじゃうからね」
死にそうな顔をするシータ。
そこまで酷かったか。
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