青空モール 怪異相談室(特別編)人魚伝説 〜相棒ピィちゃんの綴り書き〜 参ノ章
綴り書き 参
「いえ。とっくに折れていますよ。それもこれもあのお節介なインコに巻き込まれたせいです。切ってくださりありがとうございました。お礼になんでも一つ差し上げるので、僕をここから出してくれませんか?」
「意外だわ……あのバカインコとは強い絆で結ばれてると思ってたけどそんなこと言い出すなんて」
「うすら寒いこと言わないでください……勝手に懐いていたのはあっちですよ」
とんでもないと肩を竦める曇天を見て、アンドレアルフスは肩を震わせて笑い出す。
「うふふっ。なんて面白いことになったのかしら。あのバカインコの顔が楽しみだわ。けど、参謀ボウヤは食えない子だってアタシ知ってるの。アタシのお願いを聞いてくれたらここから出してア・ゲ・ル♡」
「なんでしょうか?」
「アタシ、長い時間力を使い過ぎて、実はお腹がペコペコなの。けど、スパイスを振り掛けたゴハンほど美味しいものはないからずっと我慢してたのよネ。絶望のスパイスは多いほど堪らなく美味しいの。だから、紅人以外の世界を壊したアト、紅人の世界が膨らみ切ったアトに……ぶっ壊してくれない?」
この悪魔は紅人だけに止まらず、生者死者関係なく自分の食事のために心を壊して回れと言っている。
「……欲張りなんですね。構いませんよ。絶望させるとは具体的にどうすればいいんですか?」
「人間のココロにも防衛本能っていうのがあってね。壊れそうになる手前で自動的にブレーキを掛けようとするの。外部との窓を遮断したり、自分に都合のいい世界に逃げ込んで閉じ籠ってしまったり、ネ。それを壊して中身を食べるって意外と大変なのよネ。だからその窓や世界を壊してあげるといいのヨ。信頼する者からの介入で意外と殻は脆くなるから。壊し方は参謀ボウヤに任せるワ。やってくれる?」
頷く曇天を満足そうに見つめるアンドレアルフス。
「……分かりました。では、僕から差し出せるモノはなんですか?」
「お腹が一杯になったらアタシも力を取り戻せる。そうしたら貴方の望みも全部叶えてあげられるワ。アタシと契約して要らなくなる前にその身体を頂戴。契約期間は貴方のその魂が身体を離れるまで……でどうかしら? アタシも久々に人間界で遊びたいのヨ。依り代が無いと人間界では何も感じられないしネ」
構いませんよ。と曇天は微笑み、彼から差し出された手を取った。精神世界を渡り歩くには彼と共に行動するのが一番やりやすい。そんな意図はきっとアンドレアルフスには伝わっていない。
『こんなに簡単に辿り着いてしまうとは……』
アンドレアルフスの手を取り、巨大な鏡を潜って連れて来られた場所は大きな大樹の根元。大樹の葉は燃えるように赤々と茂っている。見上げると、色々な色の窓が実っており、それぞれの心の澱へと通じているようだった。
頂上付近に黒色の窓枠。真ん中に黄色。左側は白色。右側は青色。下は赤色の窓枠という配置だ。真ん中の黄色の窓枠は二枚の木の板をバツ印にして塞がっていた。
「土王説……?」
その色の配置に見覚えがあり、思わず呟いた曇天。その言葉を受け取ってアンドレアルフスは頷いた。
「さすが参謀ボウヤ。その通りヨ。どの順番から回ってもいいけれど、壊していくんだから相克で回って頂戴ネ。きっと五行の性質が後押ししてくれるハズよ♡」
それぞれの窓枠の中には人物を表すような風景が不安定に揺らめいている。白枠の中身は黒。覗き込むと先ほど曇天が居た場所と似た夜の浜辺を映し出している。
「行ってらっしゃい参謀ボウヤ♡」
曇天が手を伸ばすと。たぷんっと水音がして、夜の浜辺に立っていた。ベルの居た場所に同じように遺体が転がっているかと思ったが、そこに蹲るのはまだ小さなベル。
満月はまだ天頂には届いていない。しかし、彼女の足の鱗は剝がされ、腹部と一緒に血濡れていた。
「もう止めてパパ! ベル……いい子にするから……もう意地悪しないで……お願いっ!」
見上げたベルの瞳に曇天は映らない。彼女に自分は紅人として認識されているようだ。右手にはアウトドアナイフが握られていて、刃先が僅かに赤く染まっていた。
「ベル!」
心配そうな声が上がり、振り向いたベルの視線の先に二人の人影。ヴェパルと青人だ。しかし、ベルが手を伸ばした瞬間二人の姿は揺らいで消える。
「あっあっ……ママ! パパっ! 嫌、ベルを置いて行かないで! 一人にしない……で……」
その姿を探すように駆けて来て、紅人に怯え、踵を返す。その先の人影を追い、躓き転ぶ。ベルが躓いた足元にはベラドンナの小瓶が転がっている。
「なんとも趣味の悪い悪夢を……」
大きく溜息を吐いた曇天は小瓶を拾い上げて右手のナイフを眺める。ふらふらと右往左往するベルの手を捕まえた。
「本当に悪い子ですね。ベル。パパは元々私しか居ないのに、どうしてそんなにも聞き分けがないんでしょう。お前のせいでママもいなくなった。そんなに悪い子はもう私に必要ありません。海へお帰りなさい」
「ベルの……せい……?」
赤く腫れた瞼。アメジストを揺らしながら戸惑うベルへナイフをチラつかせて、大げさに呆れた表情をして見せる。一歩近づくと逃げるようにベルは黒い海へ飛び込んだ。数尾の尾ひれがヒラリと水面を蹴って、月光で光った。
「演劇なんてしたことも無いのに……無茶ぶりしてくれましたねアンドレアルフスさん」
蹴られた海面の波が波及して、黒い浜辺を緩やかに巻き込んで溶かしていく。
「意外と鮮やかで驚いたワ。躊躇いすら見せないのネ。不気味な子ども。あのバカインコの言葉って的を射ていたみたい。そうだ。アタシの名前って長いからアルでいいわヨ」
窓の実る大樹の前へと戻っていた曇天は恨めしそうにぼやく。アンドレアルフスは楽し気に目を細めていた。
白の表す金属の相克は青。木属性を表す。青の窓枠の中身はその色と同じ青空と木々だ。棺の小屋が見える。
手を伸ばして潜ると、眩しい青空と太陽を反射する海。なんとも穏やかな景色である。方向を変えて八百山の上を見上げると、幼いベルと青人と手を繋ぐふっくらしたお腹の女性。ゆっくりと坂を下ってくる。
「ああ。海影。こんなところに居たんだね?」
声を掛けられて、またその人物になってしまったのかと両手を眺める曇天。その心配を余所に横から十代前半の少女が三人へと駆け寄る。
「旦那様! 奥様! お嬢様も随分と歩くのがお上手になりましたね」
明るい表情で近寄った海影の頬は薄っすらと桃色。青人を見つめる瞳には憧れに似た甘い空気を孕む。
「そうなの。もう直ぐお喋りも出来るかもしれないわ。弟のベニトと遊べるのが楽しみね」
「まだ生まれてもいないのに気が早いよヴィー」
ふっくらしたお腹を幸せそうに撫でる夫婦と、耳を押し当てるベル。
「その名前。青人さんの弟……だったはずでは……」
呟く曇天。紅人なんて居ないというヴェパルの言葉を思い出していた。
『長過ぎる時間で病んでしまった心……』
自分の知るベルに弟は居なかったはずだ。幸せそうな家族の肖像。その肖像の後に何らかの形でこの家族に何かが起こるのだろうということは容易に想像が出来た。
水遊びを楽しむベルと見守る海影。木陰にシートを敷いて身重の妻を休ませる青人。
その女性にはなんとなくヴェパルの面影があるような気もするが、穏やかで幼げな雰囲気を纏う。そしてその表情は、妖艶さを醸し出すヴェパルとは正反対にも見えた。
前触れなく空が曇り、雷光が黒い雲を走る。
――――20――――
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