曇天の怪異伝奇 ~相棒ピィちゃんの綴り書き~
いろは えふ
曇天の怪異伝奇 ~相棒ピィちゃんの綴り書き~ 壱ノ章
綴り書き 壱
観光客が行き交う港町。方々の土産物屋から客引きの声が飛び交う。ある港町の日常は空気を貫く悲鳴と共に一変した。
「あっ……み、ず……水を……に、ぎ……魚が……」
喉を掻きむしるようにして倒れた男の皮膚が鱗状になっていき、その隙間からシュワシュワと溶け出し、虹色の泡になって浮き上がり弾けた。
「今年何件目だったかしら~?」
「さあ? 人魚にでも呪われてるんじゃないのぉ?」
「人魚の夢の噂のコト? まっさかぁ~」
笑い続ける若い女達の顔が歪む。人型だった足元には、海水溜まりだけが残る。
『――先日の大津波により一夜にして滅びた、人魚伝説の残る八百姫村では、村人の生存は今のところ確認されておらず、観光客の犠牲者の情報も多数出ています。その跡地では、人魚の目撃情報が相次いでおり、撮影目的の若者たちの危険行為が問題となっています。以前は観光振興地として人気だった八百姫村ですが、今は捜索と復興の最中であり、安全面の確保が難しく、八百姫村の観光振興局では無許可で立ち入らないよう呼びかけをしています……――人魚の目撃情報についてオカルトライター佐藤青空さんの著書によると……――プツ』
安アパートの一室。隙間なく本を詰められた本棚から大量の本が溢れかえり、リモコンや弁当がら。空のペットボトルが無造作に折り重なっている。
「スマホ充電切れてんじゃねぇか。いいのかよ?」
「使わないから構いません」
器用に両の翼を動かしながら、手慣れた様子で部屋を片付ける大型のヨウムが、ベッドの上の黒い塊へと声を掛けた。
「相変わらず鳥の巣主張の激しい頭だな。
「勝手に住んでるのは貴方じゃないですか……下の名前で呼ばないでください」
気だるげに瞼を開け、ヨウムを一瞥した男の肌は青白く、ひょろりと長い手足を動かすつもりもないようだ。酷い猫背のその男の歳の頃は30代後半。薄い無精ひげは彼の人となりを現している。
「都市伝説に、七不思議……ブラックサイエンス……オカルト研究本ばっか読んでねぇでたまには外の空気吸えよ。
「嫌です。面倒くさい……ピィちゃん。窓閉めてください。眩しいです……」
手元の本を本棚へ押し込んだピィちゃんと呼ばれたヨウムは、ゴミを片付けて袋を閉じ、呆れたような眼差しを曇天へと送る。
「商店街に買い物行くから出るぞ。お前ひょろいんだからちゃんと食え。冷蔵庫。また空だろ」
「嫌だって言ってるじゃないですか……」
有無を言わさず嘴で玄関まで引きずると、曇天は渋々と歩き出した。満足そうに羽を膨らませ、ヨウムのピィちゃんはいつもの定位置、曇天こと
「あら? お買い物? あとで煮物をおすそ分けに行くわね。沢山作ったから。行ってらっしゃい」
「大家。いつもありがとうな」
人の好さそうな60代の婦人が2人へと笑顔を見せる。 彼女はこのアパートの大家で、
「お前、あの態度はねぇだろ。挨拶位返してやったら……」
「面倒くさいからいいです。怪異を相手にしている方が幾分か楽です。無駄な労力使いたくありません。普通のインコのフリしていてくださいよ」
無口な曇天に代わり、ヨウムはいつも周囲と曇天との軋轢を生まないように気を配っている。
「おぉいっ! お前がそんなんだから仕方ねぇだろ」
ヨウムの言葉を聞いているのか、いないのか。曇天はぼんやりとアパートの駐輪場を眺めていた。
「ライダースーツのあの人、いつもあそこに立っていますね」
「またかよ。オレには見えないんだよなあ」
「妖なのに?」
「悪魔な。それにオレの名前はピィちゃんじゃねぇし」
「なんでしたっけ?」
「ビンカマジョール・ペリウィンクル・ボイニクス・ラウムだ。かっけーだろ?」
「魔法少女の呪文みたいなその名前、本当になんなんですか。何回聞いても覚えられません。やっぱりピィちゃんでいいですよね」
胸を張りどや顔をするヨウムとは対照的に、曇天は眉間に皺を寄せ、さも面倒そうに耳たぶに触れた。
「そもそもオレは元々高位の悪魔だって何回も言ってんだろ」
「その姿では説得力に欠けますが」
「それはだな……ちょっとへましちまって。ってか、そもそもお前も無関係じゃねぇだろうが!」
賑やかなやり取りを繰り返している間に、奥に大きなモールの見えるアーケード通りへと辿り着いていた。
『……閉ジ込メ……テシマッタ……アノ子……ヲ……』
「何か言いました?」
「いや、言ってねぇけど。例の案件か?」
「分かりません」
所々シャッターの閉まったアーケード街。暗い軒下も多い。その一部だけが仄青く、湧き上がるおどろおどろしい渦の中に、体のあちこちに穴の開いた、張り付いた長い黒髪から水を滴らせる女が一人立っていた。
『アノ人……ヲ……助……ケテ……』
血色の無い肌で立ち尽くす、目が大きく窪んだ黒い女は、青白い顔で泣き続ける。足首には鱗があり、うなじにもオパールを埋め込んだような大きな鱗が浮き上がっている。足元に腐敗した水で出来た鎖が絡みついており、生臭い臭いが周囲に漂っているのに、その女に気が付いたのは曇天只一人だった。
「助けに行ったらいいじゃないですか?」
『鎖ガ……』
「〖鎖なんてありませんよ〗貴方はどこへでも行ける」
いつの間にか、女を縛る腐敗した鎖は消えていた。煌めくアメジストの瞳が驚きに揺れ、艶やかな黒髪の妖艶な彼女は微笑む。
『ありがとう……それ、どうぞ。私にはもう使えないから』
女は霧に包まれて消える。ひらりと空中を舞った青い抽選券が曇天の足元にとまった。頭から降り、ピィちゃんは抽選券を嘴に挟む。
「言霊か? お前が他人に使ってやるのは珍しいな。さては……あの女に惚れ――」
「あり得ませんが。あのまま悪霊になって居憑かれる方が迷惑です。それ、期限切れてません?」
食い気味に否定し、抽選会場を見つけていそいそと向かうピィちゃんを曇天は諦めたようにとぼとぼと追い掛ける。
カランカランカラーン!
「大当たりぃぃぃぃ! お兄さん運がいいねぇ。人魚伝説で有名な観光地[矢尾姫村のホテル 人魚の夢たまご]へ二泊三日のご招待~~!」
意図せず転がり出てしまった金の玉。ガッツポーズを取るヨウムのピィちゃん。曇天は遠くを見つめて肩を落とした。
「おぉいっ!」
受け取った金封を眺めて、即捨てようとした曇天の手から金封を奪い取るようにしてヨウムは胸に抱える。
「えー……面倒くさっ……」
「いいから行くぞ! 場所を変えればお前のそれも治るかもしれねぇしな」
「怠惰は人間の生存本能の一種ですよ。何か問題でも?」
「自覚はあるのかよ……はあぁぁ~……(溜息)」
――――1――――
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