第20話 王国会議

「国王様、<大迷宮>とはいったいなんですか?」


側近の一人が、驚く帝国国王に問いかけた。


「そうか。人間なら知らなくて当然か。

 それは数百年前に存在したと言われる伝説の迷宮でな。当時のあらゆるダンジョンの中でも最大の難易度を誇っていた。

 一国に匹敵するほどの広大な地下迷宮と、レベルが1000を超える恐ろしく強力なモンスターたちが数えきれないほど徘徊していたからだ」

「そんな迷宮があったのですか……」


側近が驚いた顔でつぶやく。


「あれはもう500年も前のことだったか……。当然世界中から腕利きの冒険者が集まり、何度も遠征が行われたが、結局1000階までたどり着くのがやっとで、ただの一度も最深階にたどり着くことはできなかった。その間に<大迷宮>は消えてしまったのだ」

「地下1000階……それほど深いダンジョンが存在したのですか……」

「それが500年も前にあったとは、知りませんでした」

「王は人間とエルフの血を継いだハーフエルフ。我々人間とは違い、エルフと同じ寿命を持ちますからな。それほど昔のことも知っておいでなのでしょう」

「ああ。当時のことは今でもよく覚えている。恐ろしい迷宮だったが、しかし見返りも大きく、数多くの秘宝や大秘宝が見つかった。

 今この国を守っている結界も、そのダンジョンから持ち帰ったレジェンドアイテム<結界のレガリア>によって生み出されているのだ」

「なんと……あの秘宝には、そんな秘密があったのですか……」

「この国にある3つの至宝は、どれもその大迷宮から持ち帰ったものなのだ」

「その大迷宮が、復活したと……」


国王に代わり、報告に来た大臣が答える。


「はい。ですがかつてのようなものではなく、まだ生まれたばかりの迷宮のようです」

「ほう。生まれたてのダンジョンか。よく見つけることができたな」

「当時観測されたダンジョン固有の魔力が記録されておりまして、それを常に観測してきたのです。いつかまた再び復活する日に備えて」

「まさか、500年前からずっと続けてきたというのですか……?」

「それだけ<大迷宮>は凄まじかったということなのですよ。500年の努力がこうして実を結びましたな」


感慨深げに大臣が頷く。


「して、王よ。いかがいたしますか」

「まだその大迷宮は生まれたばかりと言っていたな。かつてのように成長するまでどれくらいかかる」

「それは流石に分かりませぬ。なにしろ当時1000階に達してなお最深部に辿り着けなかったほどの巨大な迷宮ですから。いったいどれほどの年月をかけて育ったものなのか、皆目見当もつきませぬ。かつてのダンジョンマスターも果たしてどこにいるか……」

「なるほど、それもそうか。それこそ神代の頃からの迷宮であったのかもしれんからな」


国王は少し思案すると、すぐに顔を上げた。


「かの迷宮はまだ生まれたばかりと言っていたな。今何階層まであるのだ」

「3階層のようです」

「なんと。それでは初心者ダンジョンと変わりないではないか」

「やはりそうか」


国王は頷いた。


「では勇者の息子と、聖女の娘がいたな。あの二人をダンジョンへと向かわせる準備を始めよ」


その言葉に、周囲が再びざわついた。


「あ、あの子らをですか!? 確かに勇者の血を引いてはいますが、まだ5才。その才能には目を見張るものがありますが、流石にダンジョンに向かえるほどでは……」

「それに聖女様の娘も同じく5才の誕生日を迎えたばかり……。いかにあのお方の血を引いているとはいえ、ダンジョンに入るにはまだいささか時期尚早ではないかと……」

「もちろん今すぐダンジョンに入れというわけではない。準備には数年、あるいは十年以上もかかるであろう。

 しかし、かの大迷宮は生まれたばかりで、未だ成長中。ならあの子らにも今のうちから、大迷宮を攻略するための準備をさせるのだ。さすればやがてあの子らが大人となったとき、誰よりも大迷宮に詳しい者となるだろう」

「なるほど、そこまでお考えでしたか!」

「あるいは何代にもわたって続く計画になるかも分からぬが……。かつては攻略できなかった<大迷宮>。今度こそ、その秘密を全て手に入れてみせよう」


国王がつぶやく。

その声には、人間には計り知れない500年の時を経た重みが乗せられていた。


***


とある奥深き森の中で、二人の幼子が、森に埋もれた洞窟のようなところで足を止めた。


「ここが、噂のダンジョンかな……?」

「そうみたいだな。父様がいうには、なんだかすごいダンジョンらしいぜ! だけど危険だから誰も入っちゃいけないんだって言ってた」

「あんまりそうは見えないけど……でも確かに、中から恐ろしい魔力を感じる……」

「ふーん。オレには分からないけど、フェンがそう言うならそうなんだろうな」

「それじゃあ場所もわかったしもう帰ろうよ」

「え? なに言ってるんだ? もちろん入るだろ?」

「場所だけ調べたら帰るって約束したのに……!」

「せっかくここまで来たのに、何もしないで帰ったらもったいないだろ」

「もったいないとか、そういう話じゃ……」

「フェンはいっつも怖がってばっかりだな。このオレが守ってやるから安心しろって! さあ行くぞ!!」

「うう~~……ユノちゃんはいつも強引だよぉ……」


幼い少女を半ば引きずるように、幼い少年が洞窟へと歩を進める。

そうして、生まれたばかりのダンジョンにとっての初めての冒険者が、その中へを足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る