第34話 アイザックの即位式

 国王陛下との面会から数日後。

 私は、改めて想いをせます。


 アイザックが王になる。


 いずれそうなるとはわかっていたけど、まだまだ先のことだと思っていた。

 だって私がアイザックの正体を知ってから、3か月くらいしか経っていないんだから。


 アイザックの立場が変われば、おのずと婚約者である私の立場も変わる。

 私の日常は少しずつ慌ただしくなり、そして今日をさかいに大きく波打つことが確定した瞬間でした。



「ねえ、聞いてよアイザック。竜都の人が私のことをなんて呼んでると思う?」


「知っているさ。竜天女りゅうてんにょの再来だろう?」


「それだけじゃなく、街で会った人たちが私のことをそのまま『竜天女』って呼ぶようになっちゃったのよ! アイザックが国王陛下って呼ばれるようになったのと同じで、私も名前を呼ばれる機会が減っちゃったみたい」


「でもルシルは、竜天女って呼ばれるのが嬉しいんだろう?」


「えへへ……バレちゃった?」


「だってルシルだからな。竜と名がつく呼ばれ方をされることに喜ばないはずがない」


「私は別に竜じゃないんだけど、なんだか私も竜になった気分! あぁ、最高ね!」


「最高な気分なところ悪いが、そろそろ時間だ。さあ行こうか、俺の竜天女」


「はい、アイザック陛下」


 アイザックと腕を組みます。

 そのまま私たちは、王城おうじょうのバルコニーへと進む。


 そして私たちが室内からバルコニーへ出た瞬間、割れるような大歓声が上がりました。



 今日はアイザックの即位式。

 アイザックはついに、王になったのだ。


 眼下に広がるのは、ジェネラス竜国の民たち。

 アイザックの姿を見るために集まった民衆の数は、万を超している。


 彼らの声援に応えるため、私たちは手を振ります。

 すると、雷が鳴ったかのように強烈な歓声が響き渡りました。



「私、こんなに人が集まっているの、生まれて初めて見たわ」


「そうだな……俺たちが守らなければならない民たちだ」


「ええ、私たちがみんなを守らないとね」



 どうやら私は、とんでもないところにとつぐことになったみたいね。

 故郷であるカレジ王国で王が即位をしても、こんなに大勢の人は集まらないことでしょう。


 手を振っているほうとは逆の手で、アイザックの手をこっそりにぎります。


「……ルシル?」


「お願い……なんだか怖くなっちゃって」



 貴族として生まれたからには、平民の上に立つことを当然だと思いながら生きてきた。

 それは貴族には平民にはない、重い義務と責任があるから。

 平民たちの生活が少しでも向上するようにと、これまで竜研究に邁進まいしんしてきた。


 だから民のために頑張るという意識は、人一倍あったつもり。

 それでも、怖気おじけづいてしまった。


 目の前に見えるだけでも、何万人もの国民がいる。

 彼らの生活を守るのが、ジェネラス竜国の王族となる私の義務と責任となるのだ。



「大丈夫だルシル。俺がついている」


「うん……」


 アイザックと私の手が繋がれます。


 バルコニーの手すりのおかげで、私たちがこっそり手をつないでいることは観衆には見えないはず。

 だから思い切って指と指を絡ませ、離れないようにしっかりと握りました。


 ──なんだか、安心する。

 アイザックの手を握っただけなのに、これほどまでに心が落ち着くなんて。


 この人と一緒なら、私はなんだってできる。

 そう、改めて誓うことができました。



 次第に落ち着きを取り戻した私は、アイザックに軽口を吐きます。


「みんなの活気がすごいわね。アイザックも大人気みたいだし」


 さきほどから「アイザック陛下、万歳!」と、大勢の民衆が声をあげている。

 たみたちは、新王の誕生を喜んでいるのだ。


 実際、竜毒に関する社会問題が起きたことで、前国王に対する国民の不満も爆発した。

 だかそれらの話題は、アイザックの即位とともに消えてしまっていました。


「だがルシル、人気があるのは俺だけじゃない。よく聞いてみろ」


「え……な、なんでぇ!?」


 眼下の民たちが、今度は「ルシル王妃、万歳! 竜天女様、万歳!」と大合唱をしていた。

 しかも心なしか、アイザックへの歓声の時よりも、私への歓声のほうが声が若干大きい気がする。



「ちょっと待って。私、まだ王妃じゃないんだけど!」


、だけどな」


 それでも気が早すぎる。

 たしかに私はアイザックの婚約者という立場で即位式に同席しているけど、まだ正式にはこの国の王妃ではないのに。


「ルシル諦めろ。竜茶の真実を明らかにし、竜毒の解毒薬を発明した竜天女の人気は、いまや俺以上だ」


「そんな……」


「ジェネラス竜国の民にとって、竜茶はなくてはならない存在だ。その竜茶の真相を解明し、竜の成長を促進するエキスの抽出ちゅうしゅつにも成功したんだからな」



 竜茶を研究する過程で、竜の成長を促進させる栄養分だけを抽出することにも成功している。

 抽出した竜のエキスを加工すれば、竜茶を飲む以外の方法で栄養分を摂取することが可能になります。


 たとえば竜のエキスを直接人体に摂取することで、竜茶として摂取する時以上の効果を発揮することができる。

 すでにジェネラス竜国の病院では、すでに点滴として竜のエキスが使われている。



「ルシルはもはやこの国の英雄だ。その英雄が妻となるんだから、俺の人気も勝手に上がってしまう……この民の熱狂ぶりは、すべてルシルのおかげだ」


「それでも、みんな気が早過ぎよ」


 何度でも言うけど、私はまだアイザックの婚約者だっていうのに!


「即位式もこれで終わる。次は俺たちの結婚式だな」


「これだけ派手に即位式をやったばかりなんだし、結婚式は質素でいいからね」


「いいや、結婚式はこれ以上に派手にやるつもりだ。なんだって俺とルシルの結婚式だからな」



 私はため息を吐きながら、アイザックの肩に寄りかかります。

 すると、民衆たちの歓声も最高潮に高まりました。



「ルシル、愛している」


「……ふふ、大歓声がうるさくて、なにを言ってるのかまったく聞こえないわよ」



 それでも、アイザックがなにを言っているのかはわかった。

 私は背伸びをしながら、アイザックへ口元へ直接返事をします。


 その行為によって、即位式を見守っていた民衆たちの大歓声が、さらにヒートアップしたのは言うまでもありません。

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