第25話 会議室のルシル

 まさか銀髪のナンパ男が、第二王子だったなんて驚きよね。


 急遽きゅうきょ参加することになった会議で、ナンパ男の正体が第二王子イライアスだということが判明した。


 第二王子ということは、第一王子であるアイザックの弟。

 つまり第二王子イライアスは神竜族であり、本物の竜ということになる。


 ──どおりで、納得したわ。


 アイザックと雰囲気が似ているのは、兄弟だから。

 そして私がイライアスのことが気になってしまったのは、彼が竜だから。


 アイザック以外の人間に興味を持つなんて、我ながら珍しいと思ったけど、その相手が竜であれば合点がいく。


 つまり私は、本能的にイライアスが竜だと見抜いたってことよね?

 アイザックと一緒に行動しているせいで、竜の気配に敏感になったのかしら。


 ──まあ、ここで第二王子イライアスと会えたのは、逆に良かったかもしれないわね。



 今夜、イライアスと図書室で会うことになっていた。

 彼の告白をどう断るか悩んでいたけど、私の正体がわかったいま、わざわざ密会してまで会う必要はない。


 悪いけど、アイザック以外の相手を選ぶつもりはないの。

 私のことは諦めてちょうだい。



「こちらへどうぞ、ルシル嬢」


「ええ、ありがとうございます。アイザック様」


 アイザックのエスコートを受けながら、着席します。

 他人の目がある時は、私たちはお互いを敬称付けにしている。


 他人行儀な感じがしてあまり好きではないけど、私とアイザックはまだ婚約者の関係だ。

 籍を入れるまでは、我慢しないと。



 そのはずだったのに……。



 ──ちょ、ちょっと、アイザック!?



 さっきから第二王子イライアスが、私に対して獲物を狙う肉食獣のような目で見てくる。

 それに気が付いたアイザックが、私の首筋にキスをしてきたのだ。



 ──首にキスをするのは、二人きりの時だけって、約束したのに!!



「ア、アイザック……みなさんが見てるわよ?」


「ルシルの博識はくしきぶりに、みな驚いているのだろう」


「驚いているのは、アイザックの行動にだと思うけど……」


 私は故郷であるカレジ王国に支援物資を送るために、ちょっと法律の話をしただけだ。

 本に書かれていることをそのまま話しただけだから、何も特別なことはしていない。


 アイザックが私の耳元で、小さくささやきます。


「ルシルは凄いよ。隣で見ていて、誇らしかった」


 アイザックに褒めてもらえるような立派なことを、したつもりはない。

 ないんだけど、それがものすごく嬉しかった……!


 ──なんだろう、体が熱くなってきたかも。


 会議室のお偉いさんたちだけでなく、私に告白してきたばかりの第二王子イライアスの前で、婚約者であるアイザックから情熱的なキスを受けた。

 それだけでも恥ずかしいのに、アイザックから褒められちゃったら、もうどうしていいかわからない!


「どうやらこの会議は、ルシルをおとしいれるために開かれたようだ。ルシルはあいつらの計画を丸潰れにしたんだよ」


「まさか私がジェネラス竜国の法律を知らないと思っていたのかしら。随分と、甘く見られたものね」


 自分でいうのもなんだけど、私は生まれながら記憶力が良いほうです。

 特に竜に関することについては、一度目にしたら二度と忘れることはありません。


 そのせいか、ジェネラス竜国に着いてから見たものは、すべて覚えている。

 ここは私にとって、夢のような場所だから。



 カレジ王国への災害支援の議題は進み、ついにヴォーテックス大臣が折れました。


「コホン、ではカレジ王国への支援は、前向きに検討させていただきます」


 ──やった!


 これでジェネラス竜国からカレジ王国へ、物資が届けられることになる。

 これが、食糧難で飢えに苦しむ故郷の救いになればいいんだけど。


 ああ、安心したら、のどが渇いちゃった。

 会議室に入ってからはずっと緊張していたから、用意されたお茶を飲む気にもなれなかったのよね。


「……ん?」


 テーブルに準備されているティーカップを手に取ったところで、違和感を感じます。


 この紅茶、なんだか嗅いだことのない香りがする。

 ツンとするし、変わった感じがする気がするけど……。


「ねえアイザック。この紅茶、変わった匂いがしない?」


「いつもルシルが飲んでいる紅茶とは違うから、そう思うのも仕方ない。それは、竜茶だ」


「あっ、これが竜茶なんだ。竜国固有の植物から作られたって本で読んだけど、書いてあった甘い匂いじゃなくて、本物はツンとする変な匂いなのね」


 私が紅茶を気にしていると、アイザックがこちらを見ているのがわかりました。

 人前でそんなじっくり見られると、ちょっと恥ずかしい。


「ルシル。飲む前に、カップを俺に貸してくれ」


「え? 別にいいけど」


 アイザックにティーカップを渡すと、彼はそのまま口に運びます。


 え、ええ!?

 なんでアイザックが飲むの?


「特に問題はないようだ」


「もしかしてアイザック……それ、毒見のつもり?」


 王太子が毒見をするとか、聞いたことないよ。

 アイザックは私にティーカップを返しながら、再び耳元でささやきます。


「この会議は政敵が準備している。念には念を入れても、悪いことはない」


「それは、そうだけど……」


 室内にいる他の人たちの視線が、さっきから痛いの!

 アイザックの私への溺愛ぶりが知られてしまい、めちゃくちゃ恥ずかしい!!


 それに──


 これってもしかして、間接キスってやつ!?


 ……いや、いまさらよね。


 アイザックと私は、キスをした経験があるのだ。

 それに比べたら、間接キスくらいどうってことない、はず……。


 ──ゴクン。


「紅茶とは違って、なんだか変わった味ね。これが竜茶……うっ」


 なにこれ。

 なんだか、変な味がする。


 それに、眩暈めまいがする。

 方向感覚を失ったように、身体が傾いた。


「ルシル!?」


 アイザックの心配するような叫び声と共に、体が誰かに支えられた。

 意識が朦朧もうろうとなって、どこかに沈んでいく感覚がする。


 ──え。


 まさか、毒?


 この竜茶は、アイザックが毒見をしてくれている。

 もしも遅延性ちえんせいの毒が混ざっていたとしたら、アイザックも危ない。


 何の毒かすぐに突き止めて、一刻も早く解毒をしないと!



 そう思った私の意識は、そこで途切れます。


 最後に見たのは、いまにも泣きそうになって私のことを心配するアイザックの顔でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る