第24話 第二王子イライアスの願望
ジェネラス竜国の第二王子であるイライアスは、驚きの声をあげる。
なぜなら、昨夜知り合ったばかりの令嬢が、会議室に入ってきたからだ。
「君は昨日の……」
彼女は昨夜、イライアスが良いなと思って図書館で声をかけた女性だ。
最初は、彼女も他の令嬢たちと同じような、つまらない女性だと思った。
王族であるイライアスの妻になるのが目的の、したたかな宮城の女たち。
だから彼女もイライアスを狙う女の一人だと思ったが、違った。
見た目が美人であること、そして女であるにもかかわらず気が強そうなところも面白いと思ったが、なによりも気に入ったのは彼女が人族であることだ。
その事実を知った瞬間に、イライアスは心を打ちぬかれた。
この女性を、自分のものにしたい。
これまで何人もの女性と関係を持ったが、どれも遊びだった。
本気で好きになった相手はいない。
けれども、これほどまでに心が躍り、胸が沸き立つ相手は初めてだった。
長い留学から帰国した日に出会った、運命の相手。
だから今夜、彼女と再会したら、交際しないかと告白するつもりだった。
そんな愛しの女性が、なぜか政敵である王太子と一緒に会議室に入ってきた。
──なぜ、彼女がここに?
王太子の婚約者の侍女である彼女の地位では、会議室に入ることすらできないはずなのに。
この会議を仕切っているヴォーテックス大臣が、イライアスの疑問に対して説明をする。
「みなさんに紹介しましょう。こちらのご令嬢は、アイザック殿下の婚約者であるルシル・ローライト公爵令嬢です。今日はカレジ王国についての知識を拝借してもらうため、わざわざこの場にお越しいただきました」
「婚約者だと!?」
イライアスは驚きのあまり、立ち上がりながらテーブルを両手で叩いた。
そのせいで、会議室の全員の視線がイライアスに注がれる。
そして困惑しているのは彼女も同じだったようで、イライアスについてアイザックに尋ねている。
「あのう、あちらの男性はどなたでしょうか?」
「あそこで棒立ちしているのは、俺の弟であり第二王子であるイライアスだ」
「第二王子、さま……!?」
イライアスとルシルの視線が交わる。
だが、彼女は目をそらした。
──ルシルという名前だったのか。だがまさか、兄上の婚約者だったとは……。
王太子であるアイザックは、婚約者のことを溺愛しているという噂があった。
なぜなら、処刑されそうになっていたルシルを、アイザックは竜の姿となって助けたからだ。
ジェネラス竜国に連れてきてからも、宝物のように大切に囲っている。
あの誰にも興味がないといった冷徹な第一王子からは想像もできないことだった。
──君が、兄上の女だったなんて。
もしも自分がカレジ王国の守護竜に任命されていたら、あの場にいたのは自分だったかもしれない。
しかし、現実は非情だ。
イライアスとルシルは、敵対関係になってしまったのだから。
──だから、恨まないでくれよ。
今日この場で、ルシルの品位を
会議が始まり、いくつかの話し合いが終わると、ついにあの議題が始まった。
「では次は、カレジ王国についての話ですな」
ヴォーテックス大臣が、ルシルの故郷であるカレジ王国の現状を説明する。
「カレジ王国は頻繁に地震が発生し、王都近くの大地が割れ、川も干上がり、
カレジ王国では、数々の災害が発生し始めている。
このまま放っておけば、国が傾くことは明白だった。
「ここにはカレジ王国出身のルシル様がいらっしゃることですし、せっかくだからお尋ねしましょう。我がジェネラス竜国として、どのように対応すればよいと思いますか?」
この質問こそ、ヴォーテックス大臣の罠だった。
ジェネラス竜国の王妃は、高い教養が求められる。
だというのに、外国から来た姫はジェネラス竜国のことを何も知らない。
そんな人物がジェネラス竜国の国母になるのは、我が国の品位を落とすこと。
竜の血を受け継ぎ、竜とともに生き、そして竜に支配されるジェネラス竜国にとって、何も知らない
ルシルの知識不足を理由にそういった者たちを
それがヴォーテックス大臣の狙いだった。
──我が
絶対的な権力と民衆からの支持を受けている王太子アイザックが、次期国王になるのは明白。
それなのに、イライアスの叔父であるヴォーテックス大臣は、イライアスを王位につけることに執念を燃やしている。
──さて、ルシルはなんと答えるかな。
「カレジ王国は私の祖国です、破滅へ向かうあの国を止められなかったのは私の
「支援を送ることに、我が国に何のメリットがあると?」
「カレジ王国とジェネラス竜国は、長きに渡り守護竜の盟約がございました。別大陸だということでこれまで交流はありませんでしたが、古き友人を助けることで新たな国交を結ぶというチャンスかと存じます」
ルシル令嬢は、カレジ王国のことを救いたいらしい。
自分を処刑しようとした国なのに、なぜあそこまでカレジ王国の肩を持つのだろうか。
「吾輩もカレジ王国へ支援物資を送りたいのはやまやまなのですが、それは無理なのです。ルシル様は知らないかもしれませんが、我が国では物品の輸出に制限がありましてな」
王太子妃の婚約者であるなら、それくらい知っていて当然。
このままルシルの知識不足が
官僚たちは彼女のことを
「ええ、もちろん存じております。ジェネラス竜国の『商法』第36条3項によれば、国や商会などの組織もしくは個人などが外国へ商品を輸出する際には種目の制限があると書かれています。ですがそれは、あくまで制限があるだけ。ジェネラス竜国固有の物以外であれば、輸出は可能だと存しておりますが」
「……た、たしかに、その通りでございます」
ヴォーテックス大臣が
無理もない、他国から来たばかりの姫が、我が国の法律を知っているなんて思いもしなかった。
しかもルシルは他の法律についての条文を暗唱してみせ、それに関する判例も説明し始めた。
「それにジェネラス竜国の『国際緊急援助隊の派遣に関する法律』の第1条の目的、並びに第8条の対象国及び地域に書かれていることを考えれば、カレジ王国に支援物資を送ることは可能だと存じます」
──これは、いったいどうなっているんだ!?
「さらにジェネラス竜国の『王室典範』では、王室に在籍する者には同盟国への交渉権があると書かれています。いまは国交がなくとも、カレジ王国はジェネラス竜国の古き友人。同盟国であるカレジ王国への支援を、私は望みます」
なぜジェネラス竜国に来たばかりの令嬢が、『国際緊急援助隊の派遣に関する法律』なんてマイナーな法律だけでなく、『王室典範』の内容を知っているんだ?
会議に出席している官僚ですら、書類を確認しながらその法律のことを調べている。
だというのに、ルシルはそれらをすべて暗唱してみせた。
驚くべきことに、ルシルは一般官僚を大きく上回るほどの知識量を持っているのは明白だった。
しょせんは他国の姫だと思っていた。
図書館でいくら勉強をしたとしても、付け焼き刃の知識であればボロも出る。
そう思っていたのだが、それらの予測は
竜国の法律を、瞬時に
──ルシル、君は凄いよ!
他国の姫だというのに、その知識量は尋常ではなく、彼女が頭脳明晰で非常に優秀であることがうかがえる。
彼女こそ、ジェネラス竜国の国母となるにふさわしい。
だからこそ、惜しい。
ルシルは、王太子アイザックの婚約者。
──是非とも、僕のものにしたいな。
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